天皇讃歌
朝日に匂う すめらぎの 大み愛し(おほみうつくし) 御心を
仰ぎて拝む 民はらからの
心は一つ
日の本の国 弥栄あれかし
高く貴き すめらぎの 伝えしあはれの御心を
仰ぎて祈る 民はらからの
心は一つ
日の本の国 弥栄あれかし
木村天山
十年以上前に、作詞したものである。
戦没者追悼慰霊を始めていた頃。
日本の皇室、天皇は、世界で唯一の存在であり、今は、もうどこの国にもない存在である。
日本は、天皇が存在しいる国として、生きている。
勿論、それは、潜在意識の中にあるものである。
その天皇、皇室を潰す動きがあると、言うから、驚く。
勿論、共産主義者は、天皇、というより、天皇制と言う言葉を作り、天皇制反対と言っていた。
今も、そのようである。
共産主義とは、嘘を平気でつける連中が集団をつくる。
それは、見て、御覧の通りである。
左翼、左派、サヨク系の人たちも、天皇に反対するのだろう。
更に、諸国、特に、中国、朝鮮は、天皇を憎む様子である。
それは、多分に、嫉妬、妬みである。
彼らの、皇帝や王というのは、単なる独裁者であるから、天皇のような、人物には、お目にかかれない。
現在、皇室に、色々と人を送り込んで、プロパガンダを繰り広げるらしい。らしい、と言うのは、私が直接、見聞きしたものではないからだ。
しかし、国連をはじめ、それらの国が、天皇を目障りと思うのは、了解する。
何せ、日本にしか、いないというのが、問題なのである。
女系を認めよ、と、国連の、馬鹿者たちが言うらしい。
そんなことは、絶対に出来ない。
その伝統は、崩すことが出来ないことになっている。
伝統とは、いつも、新しいものを言う。
日本は、伝統の国である。
つまり、天皇も伝統なのである。
今の日本人が、気付くかどうかの、問題ではない。
気づかなくても、日本とは、天皇の存在する国であり、天皇無くして、日本は、存在しない。
どうしても、天皇が嫌ならば、他の国に移住することだ。
今なら、何処の国でも、住むことが出来る。
家に主人がいるように、である。
しかし、家族というものが、変容して、家族の形で説明することが、出来なくなった。
それは、それで、いい。
ただし、天皇は、日本の親である。
それは、神武天皇即位から、始まった。
神武天皇は、実在の人物である。
敗戦後は、架空の存在と、平然と言った。
アメリカ占領軍に、遠慮してである。
何もかも、日本のものを、否定することを、義務付けられたのである。
しかし、もう、そんな心配はいらない。
世界が、認めている。
アメリカも、認めている。
如何に、日本が、アメリカの植民地であろうが、天皇があり、日本が存在することは、変わりない。
未だに、アメリカの植民地であることを、認めない人がいるが、頭が悪いだけである。
現状を見ていれば、当然、理解することである。
何せ、アメリカは、米軍基地を、日本の何処に作ってもいいのである。つまり、植民地である。
それを変更するには、再度、アメリカと戦争して、勝つことしかない。
アメリカと、戦争をする気があるとは、思えない。
何せ、日本が平和を享受しているのは、アメリカの核兵器の、お陰ある。軍事大国アメリカの庇護の元にある。
それが、現実である。
そして、天皇の存在そのものも、現実である。
私が、天皇讃歌を作詞したのは、タイ国王讃歌に、刺激されたせいもある。
そして、タイ国王讃歌の際には、皆々、国民が起立する。それが、礼儀である。勿論、外国人も、タイに滞在している場合は、そうである。
それに、感銘を受けたこともある。
そして、何故、天皇讃歌がないのかに、疑問を持った。
それでは、右翼と言われると、知人から言われたが、そんな馬鹿なことがあるか。
日の丸を掲げると、右翼とは・・・
右翼も、左翼も、金儲けのためである。
それは、もう、当然のことして、納得している。
徒党を組む者たちに、ロクな者は、いない。
人を集めるのは、金を得るためである。
世の中とは、そんなものである。
何か、重大な事があると、思うのは、単なる妄想である。
この世は、夢、幻である。
国家といものも、そうである。そのために、国家幻想が必要で、天皇の存在は、まさに、理想的な、国家幻想の様なのである。