生きるに意味などない145

いまここで、私が述べている死後の「無」は、もう少し認識論的で、宇宙物理学とは直接関係しないかもしれませんが、死後について論じえない、ということは、それこそ「絶対的な無」だといいたくなるのです。

佐伯


実に、面白いことを言う。

絶対的無とは、何か・・・


無、ではなく、絶対的とは、何か。

これが、日本のエリートなのである。

何か、説明したいが、説明し尽くせないという、状態。しかし、それでも、説明しようとする、姿勢を、私は、評価する。


こうして、延々と説明し尽くすというのが、西洋の思想である。


そして、実は、この「絶対的な無」としかいいようのないものが、こちら側のこの世のただなかに、それが「絶対的な無」などいう言い方で言語化されて、実は、背後でわれわれの生を支えているのではないでしょうか。「死んだ後のことなどどうせわからないのだから、生きていることだけがすべてだ」などという言い方からもう少し情緒的になって、「死んでしまえば終わりだから、この世の一期一会の出会いこそ大事にしよう」などともいう。通俗仏教風に「この世で君と出会ったのは摩訶不思議な縁だね」などと下心を丸出しにしていったりもする。

佐伯


言語化という、狂いを知らない、人たち・・・

言語化すると、それが、まるで、存在するかのように、考える人たち。


言語化によって、騙される人の多いことといったら、ない。

呆れる程に、言葉によって、迷う人々の群れである。


結論から言えば、実は、日本の精神は、これらの言語化を超えている。更に、その、「無」という観念も、実は、超えていると言っておく。


この時に、生(有)の背後に死(無)が張り付いているのです。そして、こうして、物事の「有性」よりも「無性」の方をより本質的だと見たのが伝統的な日本的精神だったといってよいでしょう。「どうせ死んでしまえば終わりだから」というのは、「死」を軽く見ているのではありません。そうではなく、「死」つまり「無」の方が本質的な在り方だといっているのです。だからこそ、たまさかの、ほんのに一時の生や出会いを意味あるものにしよう、というわけです。

佐伯


ほんのに一時の生や出会いを意味あるものにしよう・・・

これが、迷いなのである。

意味など、ないのである。


何故、それを、私が断言出来るのか・・・

それは、私は知る者だからである。


私は、その出会う人が、私であると、知っている。

つまり、私と言う、観念は、妄想だが、出会う人が、私であると、知っている。だから、断言できるのである。


意味があるということは、意味を超えるということである。


だから、意味など、問う必要が無い。


おそらくここに、西洋思想と日本的精神との間の大きな断層を私は見たくなります。創造主としての神であれ、アリストテレスのいうような個物であれ、ともかく、「存在」から出発し、その意味を尋ね、さらには、その「存在」を分類したり、そこに法則性を見つけたり、ついには存在を増殖させたり、人間の理性と意思によって作り替えたりしたのが西洋思想であり文化であり社会だった。

佐伯


それに対して、よかれあしかれ、日本人は「無」の方をより本質的だとみた。

佐伯


つまり、西洋思想が入り、西洋が日本より、進んでいると、勘違いした人たちが、日本を理解するより前に、西洋思想に、かぶれたのである。


終いに、日本には、思想が無いとまで言う、馬鹿がいた。


語り尽くすことが、思想だと思い込む人は、今も、日本には思想が無いと言うのだろうが・・・

呆れる。


西洋だけではない。

インド思想も、中東イスラム思想も、語り尽くすのである。

その他諸々、言語化が良いと、信じているのである。


ところが、日本には、和歌、俳句という、極めて短い言葉で、壮大な世界を著す文化がある。

いや、精神である。


何かがそこに「有る」ことは決して自明なのではなく、むしろ、様々な要素の帰結としてそこに現れている、という感覚がわれわれにはあります。永遠に属するのは「存在」(有)ではなく「無」の方なのです。すてべの存在物は、「無」からでてやがては「無」へと戻ってゆく。時間は「無始・無終」であるといってもやはり「無」なのです。ものはそこにあって個物として確固たる資質と形をもっているものではなく、常にゆらめき、無へ向かって運動しており、無にさらされて脆くもはかないものだ、という認識が強くでてくる。

佐伯


仏教の認識論、唯識の考え方に近いものだが・・・


いわゆる無常感やはかなさに日本人が強く惹きつけられたのは、「有」ではなく「無」にこそ本質をみたからでした。

佐伯


何度も、結論を言うが、日本人は、その「無」を超えていたと言う。

そんなものは、当たり前のことだった。

だから、物に書く必要が無かったのである。


ところが、外国から来たものに対して、感激して、ありがたいものだと、崇拝してしまった。


儒教、仏教、道教、共に・・・

勿論、言葉の上では、大いに参考になった。

そして、日本語を作る上でも、とても刺激になった。


だが、すてべは、日本流になった。

日本の精神によって、変容させた。

見事というよりない、行為である。


和物になったという。

そこで、再度、和を再現することだ。


ちなみに、和、とは、やわらぎ、と大和言葉では読む。

ワとは、漢語であり、やわらぎ、とは、日本語の親である、大和言葉の意味である。