神仏は妄想である550

ただ今、中国仏教を見ている。

続けると、


「華厳経」の広大深玄な思想こそ、仏陀が、菩提樹下の悟りの歓喜の座から、自らに内証されたとこけろを、ありのままに説かれたもので、この経典こそ、仏教の究極、最高の真理だと、主張する者たち。


「維摩経」は、妻子を持ち、商売をしている、在家の維摩居士こそ、仏陀の真意を理解し、仏道を体得している人として、仏陀の弟子たち、出家僧たちが、かえって、仏陀の真義を誤り、そして、それを実践していると、具体的に教示しており、特に、仏弟子の第一の、長老である舎利弗尊者を道化的役割にして、その悟りや行為を、嘲弄し、呵責しながら、筋を進んで行く、興味深い文学的表現を取る。


そして、あの「法華経」である。

仏陀は、慈雨のにように、すべての草木の平等に注ぐと説く。仏は、その対象になった人々の指導教育のため、三乗といわれるような別々の教えを説いたが、いずれも、究極には、悟りの海に注ぎ一味となる、唯一乗、それは、大乗に帰一させられるものだと、教えの間の対立を融解しつつ、大乗を高揚する。


次は、浄土経典である。

その経典も、弥勒の天国を説くものもあれば、東方アショク仏の浄土を説くものもある。また、阿弥陀仏の西方浄土、極楽を説き、ひたすら浄土への往生を勧める経典は、非常に多い。


私の意見であるが、浄土経典は、実に、笑えるものである。

子供に聞かせる、お伽話のようであり、確かに楽しいが、それを信じるとなると、哀れである。


だが、中国仏教徒は、相互に矛盾相克するように見える、発展仏教を、素直に仏教として、受け入れた。


そして、それゆえに、仏典中から、自らの宗教として、何を選択すべきか、選択した教えと、仏陀の教えとして、いかにして関連し、矛盾なく、一つの仏教として、体系されるか。


彼らは、相互の教説の価値判断、全体の統一、体系化の上に、自らの教義実践を選択し、樹立するという困難な事業に取り組む。


ついに、隋、唐時代には、インドや西域の見られない、中国仏教を創設、開創したと言える。


それが、日本仏教の元である。

決して、インド仏教、また、仏陀の教えを、伝えたものではない。


仏陀の死後直後から、仏陀の教えは、弟子たちによって、裏切られたのである。つまり、仏陀の教えなど、何処に行ったのかという、状態である。


極めて明確なことを、書く。

日本仏教は、仏陀の教えではなく、変転し、更に、コロコロとへんちくりん、になった、仏教という、宗教になった、またその、亜流が日本仏教である。


騙され続けて、今の、今に至る。

寺院建築は、芸術として認めるが、日本の既存の仏教は、すべて、燃やすことである。

信長が、比叡山を焼き討ちしたように、私は、焼き討ちする。


何度も書く。

日本の仏教は、中国の諸派宗を伝え、学び、それを権威としたのである。


さて、これから、お伽話の、浄土教経典について、少し見て行く。

それは、何故、中国において、歓迎されれたのか、である。


いや、歓迎ではなく、恐怖を与えのである。

その訳を書き続けて行く。


そのために、面倒だが、中国の当時の状況からの、説明が必要である。


それだけではない。

インドにて、浄土教が、どのように発展したのかも、必要である。

だから、延々と、長いエッセイになる。覚悟してください。


日本伝来仏教は、結論から言うと、中国の古い、神仙方術的思想信仰として、受容されたということ。


その、民族信仰を基盤にして、仏教の漢訳が始まり、漢文経典が急速に増加した。

かつ、熱心な伝道者の連続的な活動が続き、その間に、道教と称せられる民俗信仰が、整理され、宗教団体の形を整えて、広まり出した。


仏教も道教も、同じ類の宗教として、漢人社会に広まる。


専門家は、中国の外来仏教の、神仙的あるいは、道教的な受容は、まず仏教の浄土教的受容に連なるものであると、認められるという。

つまり、浄土教が受け入れやすい、土壌があったということだ。


ただし、中央アジアを縦断する東西交通の道が開かれ、仏教も導入された漢時代は、国の政治、道徳は、儒教を持って指導理念としていた。

儒教が国学官吏学となり、他の学派が、排除され、儒教独尊時代を続けていたのである。


孔子の、合理主義、現実主義の倫理観、政治観をもって、社会の秩序を固め、人間の行為を拘束していた。


実は、漢時代の初期には、多くの上流階級に、道学の信奉者、支持者がいたが、官学の外にはじかれ、栄達することなく、民間の学となる。

そして、不老長寿の方術を説く、方士とみ結び合い、神仙信仰とも習合していく。


道教の教祖は、老子とされて、神仙に昇華し、祭祀されて、祈願される、天上の神となったのである。


そして、仏教の祖、仏陀も、すでに神格化されていたゆえに、伝来仏教は、まず、黄帝、老子と同類の、神仙とされた。


もう、この辺から、嘘が始まっていたのである。

いや、最初から、嘘だった。


それでは、儒教の者たちは、仏教に対して、どんな態度を取ったのか・・・


鬼神は敬してこれを遠ざく・・・

孔子の言葉通り、宗教問題には、言及を避けた。


だが、儒教により、中国に伝承され信仰されていたと認められる、幾多の神話が破壊され、また分断された。


それは、完全ではないが、少しばかり、道教が受け継いだと言える。


ここで、浄土教的な世界が受け入れられる素地が、不死の神仙が、自由自在に、各地に游行出来る事と、その国が、人間界よりも、遥かに楽しい所であるということ、である。


後に言う、極楽浄土の思想が、それを支えるのである。