神仏は妄想である551

浄土教が、中国に受け入れられる、その下地を言う。


古代から、中国に存在していた、山岳信仰である。

五岳の神聖視は、その代表である。

ことに、東方の聖山の、泰山は、神の住む霊山として、皇帝も行幸して、それを祀った。


死者の集まる場所として、泰山の信仰を持っていたのである。

ここで、死者は、その生前中の善悪を裁かれるというものである。


死者が受けなければならない、泰山の神の審判は、人々に、死の恐怖、不安を想起させた。


中国に伝わった、仏典の地獄は、太山、と訳された。

そして、仏教の太山である、地獄の描写は、恐怖と残虐を、極めて詳しく、描写されている。


仏教の太山信仰と、中国の太山信仰が結びつけられた時、人々の死への不安と恐怖は、いよいよ深刻になっと、考えられる。


そして、それの対称としての、天国、極楽浄土の願望が出てくる。


仏教は、この場合は、大乗の教えである、死への不安と、恐怖の心が、揺さぶられたと言える。


それは、過去、現在、未来を一貫した、永劫の「六道輪廻転生」の教説である。


この、輪廻転生という、考え方が、中国に広まる。


それは、以下

人の現在とは、過去に行った善悪行為のすてべを、胎内に孕み、明日の生活を生み出すものである。

人が死ねば、今までに行った、遠い過去も含めて、一切の善悪みによって、峻厳極まる裁きを受けて、次の生所を決定される。

それには、愛情深い親子も、代わることが出来ない。更に、神仏も、この業の廃棄は、如何ともしがたいものである。

人は、自ら成した善悪の行為によって、自らの責任において、明日以降の生の善悪の生活を、決定しなければならない存在である。


儒教は、それに一切、答えることが無かったゆえに、仏教が、それの問い掛けを行ったのである。


そして、瞬時にそれは、中国人の心をつかんだ。


だが、それに対する、晋の儒学者である、猿宏が著した「後漢記」には、伝来仏教の輪廻転生の教えによって、王侯、大人のような上層階級まで、不安感に追い込まれたとの記述がある。


彼は、仏典に書かれる、神怪極まる、誇大妄想的教説には、勿論、信用を置かなかった。

だが、

人死するも精神は滅せず。したがって復、形を受く。生時に行えるところの善悪は、皆報応あり。

と、書く。


そして、生きとし生けるものの生活相を、見えざる遠い過去と未来を合わせて、過去、現在、未来を一連にした善悪の業による、因果応報の検査の上に、巧妙に具体的に説明される、教えについては、

王侯、大人さえも、生死報応の際をよく考えてみては、ぎくりとして自失せざるはない。

と、書く。


それは、つまり、極度の不安感に、困惑せざるを得ないのであり、この不安、困惑こそ、伝来初期仏教へ、中国人を傾斜させた。

更に、浄土往生を願う基礎にもなったのである。


だが、実際に、仏陀が、それを考え出したのではない。

仏陀以前から、インドの教えにあるものである。


そして、仏陀もまた、輪廻転生は、永遠に苦悩であると、考えた。

その、輪廻転生の輪を断ち切ることが、苦の断であるとの教えである。


仏陀の悟りとは、われ復再生せず

である。

再び、生まれないという、確信が悟りなのである。


私見であるが、悟りは、百人百様である。

そして、それは、皆勝手な、悟りである。


ただ、それが、広く認められ、それを人が、受け入れれば、宗教の一丁出来上がりである。


浄土教が、中国で生成発展した、基礎を紹介した。


人の不安と、恐怖に、信仰という、迷いが出てくることの証明である。


面倒だが、少し説明する。

輪廻転生の不安、畜生、餓鬼、地獄に生まれないためには、仏道を学び、それを実行して、仏陀になることである。


それで、現在の世に生きて、実現されないとすれば、浄土に生まれて、浄土で説法し、指導する、仏の国に生まれる事だ。


つまり、この世で悟りが得られないのであれば、浄土に生まれて、修行をするという、教えである。


浄土の教えは、伝来初期から、続々と伝えられていた、大乗仏典の諸仏典に説かれている。


その翻訳家、その系統の伝道者には、浄土往生の信仰を勧めた者、多数である。つまり、迷いを推し進めたと、私は言う。


中国の仏教徒は、その特色ある習俗から見れば、家族主義であり、先祖崇拝、そして孝道が道徳の中心である。


地獄や、畜生の世界に、近親者が生まれているならば、その苦界の亡霊を、仏国浄土への転生を祈願することである。それこそ、孝道の道であるとの、結論である。


仏像を造り、寺塔を建て、法要をし、善根功徳を積んで、亡き人の浄土や、天上の転生を祈願する。


更に、戦争、災害などの犠牲者の霊、無縁の霊、それらが、浄土への往生を遂げるようにと、祈願の法要が、執り行われたという。


その仏教の形式が、東アジアに広がる。

中国から、朝鮮、日本へと。


その中でも、西方の阿弥陀仏と、その浄土を説く、浄土経典が、群を抜いて、続々と、伝えられた。