神仏は妄想である552

さて、それでは、浄土教の源流といえる、インド仏教で、どのように発展したのかを、俯瞰する。


それにより、中国の阿弥陀浄土教を様を、再度見ることにする。


そこで、明確にしておくことは、仏陀が、浄土教を説いたのではないということである。

つまり、歴史学としては、認められないということだ。


インドで、いつ頃に、浄土教が成立したのかも、良く解らない。

ただし、後に、浄土教となるもの、その可能性のようなものはある。


インド人は、ヒマラヤ連峰の彼方、北方に、ウッタラ楽土があると、想像した。

そこは、美しい花を浮かべた清水が、両岸の花樹の間を、流れている。

金沙を敷いた、大きな浴池がある。


四壁は、金、銀、瑠璃、水晶で作られ、四方に階段がある。

池中には、40里を照らす光を持つ、青、黄色、赤、白の蓮華があり、その根を切れば、甘い乳汁が出る。


更に、色々と、理想的な風景が続く。

つまり、浄土経典の中に、それらが、入り込んだ。


この国の、有様は、仏典では、小乗の「大楼炭経」をはじめ、小乗の経論に説かれている。


それは、おそらく、西北インドの高原地に移住し、ヴェーダの讃美歌宗教を生み、更に南下し、東へ向かい、ウパニシャドの哲学を生み、暑熱厳しいインド平野に住むに至る、インド・アーリア人が、望郷思慕の念から、美しく荘厳な、越えられぬ、ヒマラヤ連峰の彼方に、理想化した、楽土を想像したものである。


しかし、それは、仏教の楽土ではない。

仏教の楽土とは、欲望を満たす楽土ではない。

それは、仏陀を目指すための場であり、悟りを求める人々の、修行の場である。


仏教の楽土とは、浄土の一つして、天上兜率天がある。


人間の限りない、妄想の様を紹介する。


インド仏教の宇宙論では、須弥山、つまりヒマラヤを中心として、地上世界が四方にあり、須弥山上に、三十三も重なる、天上界があると、考えた。


天上には、天人が住む。

天上が、この人間界よりも、遥かに美しく、天上の生活も、苦のない楽しみに満ちたものである。


天人は、必ずしも、悟りを求めて修行するのではなく、輪廻転生の迷いの世界の、一つとして、考えられた。


仏教浄土の特色は、兜率天である。

仏陀の伝説によると、彼は、地上に生まれる前に、昔から天上の兜率天で、地上に生まれ成仏し、衆生を救う時期を待っていて、時期至り、王妃摩耶の胎内を借りて、誕生したとされる。


つまり、大嘘の話である。

作り事。戯言である。


初期仏教の、小乗では、同じ地上に二人以上の仏が同時に現れて、教化することはないと、説かれた。


つまり、仏陀当時、多くの仏陀が存在したからである。

唯一の仏、仏陀とする必要があった。


更に、地上に出た仏は、シャカムニだけではない。

それ以前に、六仏が、時を経て、次々に出て、世の人を教化したと説かれる。


仏教の、仏陀は、七番目の仏として、世に出て、80歳まで教化を続けて、世を去り、過去仏となった。

その後には、弥勒仏が出るという。


弥勒仏も、かつてのシャカムニと同様、今は、菩薩として、兜率天で人間界へ下生する時期を待っている。


面白いのは、この人間界は、将来、人の命が、八万四千歳に伸びて、珍宝多く、その都城も、金銀などの宝で飾られるという。

この時に、理想的天子、つまり、天輪聖王が出て、平和悦楽の治世が来る。


天上待機の弥勒仏は、この王妃から生まれて、シャカムニと同じように、出家し、成仏し、竜華樹の下で、三度に渡り説法の会を開き、無数の衆生を教化救済して、八万四千歳の寿をもち、涅槃に入るのである。


上記、よほどの暇があった、当時である。


予断だが、新興宗教の天理教の教祖、中山みき、は、この天輪聖王が懸かって、おかしくなった。

勿論、そのように名乗る霊が憑いたのである。


ところが・・・学が無く、天理王の命、てんりおうのみこと、という、神の名を作り上げて、開祖となる。

現在なら、精神科にて、治療が受けられたが、幕末である。

治療を受けられずに、狂いのままに、おかしなことを記して、それを、お筆先などと、祭り上げられて、宗教の一丁出来上がりである。


神仏は妄想である。

一事が万事、宗教とは、人間の、希望的妄想なのである。


そして、信仰とは、迷いの最たるものである。


今現在も、精神疾患の者が、おかしなことを口走り、それを信じる馬鹿者たちによって、宗教となる。


私は、何人も、そのような人を見て来た。


小さな教祖は、腐るほどいる。

特に、女に多いのは、女が、自己顕示欲の強い者のだからである。

勿論、男も、教祖になる者には、それがある。


そして、支配欲と、名誉欲である。

呆れるほどに強い。


更に、学歴が低ければ、なお、多くなる。


研究家いわく、

教祖ブッダを亡くした仏教徒の追憶の情は、遠い将来にこんな願望をもち、理想的天子のもとに太平和国家が実現して、シャカムニの跡を継ぐミロク仏が仏教の師主として出られると待望したのである。


しかし、今の人間は、その生涯に弥勒仏の出現は望めない。

そこで、仏教徒は、新しい願望を持ち、切なる祈願を弥勒に捧げて、命が終わった時に、弥勒が期待している、兜率天に生まれることを、願った。

それが、浄土教の、始まりである。