もののあわれについて951

日ごろのつらさも紛れぬべき程なれど、対面し給ふべきここちもせず。思し嘆きたるさまのはづかしかりしを、やがて見なほされ給はずなりにしも、今よりのちの御心あらたまらむは、かひなかるべく思ひしみてものし給へば、誰も誰もいみじうことわりを聞こえ知らせつつ、物ごしにてぞ、日ごろのおこたりつきせず宣ふを、つくづくと聞きて給へる、これもいとあるかなきかにて、おくれ給ふまじきにや、と聞こゆる御けはひの心ぐるしさを、「うしろめたういみじ」と、宮も思したり。





何日にもなった、恨みも忘れそうなことだが、お会いされる気持ちもしない。お嘆きされた様子が、堪らない気がしたが、そのまま、見直していただくこともせずに、終わったのだ。これから後、宮様のお心が、直っても、何にもならないと、深く思うので、一同揃い、強く道理を説いて、お聞かせし、隔てを中に置いて、この何日も来られなかった詫びを、言葉を尽くして、おっしゃるのを、じっと聞いていらっしゃる。

この中の宮も、誠に生気がなく、後を追うのではと、耳に聞こえる感じの気の毒さに、心配でたまらないと宮様も、思うのである。


匂宮と、中の宮との、状況である。





けふは御身を捨ててとまり給ひぬ。匂宮「物ごしならで」と、いたくわび給へど、中の宮「今すこし物覚ゆるほどまで侍らば」とのみ聞こえ給ひて、つれなきを、中納言もけしき聞き給ひて、さるべき人めしいでて、薫「御あれさまにたがひて、心あさきやうなる御もてなしの、昔も今も心うかりける月ごろの罪は、さも思ひきこきえ給ひぬべき事なれど、にくからぬさまにこそかうがへ奉り給はめ。かやうなる事まだ見知らぬ御心にて、苦しう思すらむ」など、しのびてさかしがり給へば、いよいよこの君の御心もはづかしくて、え聞こえ給はず。匂宮「あさましく心うくおはしけり。聞こえしさまをもむげに忘れ給ひけること」と、おろかならず嘆き暮らし給へり。





今日は、ご自分は、どうなろうと、お泊りになった。

匂宮は、隔ては、外して、としきりにせがむが、中の宮は、もう少し、気持ちが落ち着くまで、お待ちいただければ、とだけ申し上げて、動じないのを、中納言、薫も、様子を耳にされて、然るべき女房をお呼びになり、お気持ちに反して、薄情に思えるようなされようで、前も、今も酷かった一月あまりの、誤りは、そうお考えになるのも、当然のことですが、可愛げのなくならぬように叱って、差し上げるように。こんなことは、まだご経験のないあなたゆえ、堪えられなく思いでしょうが。など、こっそりと、教えてあげると、益々、薫の君に対しても、恥ずかしくなって、何も申し上げられない。

匂宮は、何と言う、情けない方でしょう。お約束したことも、すっかり、お忘れになったのですね。と、並々ならぬお嘆きで、その日を送られた。





よるの、けしきいとどけはしき風のおとに、人やりならず嘆きふし給へるもさすがにて、例の、物へだてて聞こえ給ふ。ちぢのやしろをひきかけて、行くさき長きことを契り聞こえ給ふも、「いかでかく口なれ給ひけむ」と、心うけれど、よそにてつれなき程のうとましさよりは、あはれに、人の心もたをやぎぬべき御さまを、ひとかたにもえうとみはつまじかりけり、と、ただつくづくと聞きて、


中の宮

きし方を 思ひいづるも はかなきを 行くすえかけて なにたのむらむ


とほのかに宣ふ。なかなかいぶせう心もとなし。


匂宮

行末を 短きものと 思ひなば 目のまへにだに そむかざらなむ


なにこどもいとかう見るほどなき世を、罪深くな思しないそ」と、よろづにこしらへ給へど、中の宮「ここちもなやましくなむ」とて、入り給ひにけり。人の見るらむもいと人わろくて、嘆きあかし給ふ。うらみむもことわりなる程なれど、あまりに人にくくも、つらき涙のおつれば、ましていかに思ひつらむ、と、さまざまあはれに思し知らる。





夜は、一層激しい風の音に、自分のせいでと、嘆きつつ、横になりながらも、さずかに気の毒で、いつも通り、几帳ごしで、お話し申し上げる。

数々の神々の名を上げて、将来、長くお約束申し上げるのも、どうしてこんなに上手に、おっしゃれるのかと、辛い気はするが、会えずに知らない顔の、嫌さより、心に染みて、女の気持ちも和らいでくる宮様の、ご様子ゆえ、嫌がってばかりも、いられないと、じっと耳を傾けていて、


中の宮

過ぎ去ったことを、思い出すのも、頼りなき気がします。将来までも、どうして頼むのでしょう。


と、かすかに、おっしゃる。中々気がふさぎ、気が気ではない。


匂宮

将来を短いものと思うなら、せめて、今の間だけでも、私の言うことを、聞いてほしい。


何もかも、このように、見ているうちに変わる人生だから、罪をつくらないように、と言葉を尽くして、慰めるが、中の宮は、気分が悪くて、とお入りになった。

皆の見ているのも、まことに具合悪くて、嘆きつつ、一夜を明かした。

恨みを言うのも、無理のないことであるが、あまり不愛想だと、情けない涙が落ちるで、自分以上に、どんな思いをしたのだろうと、あれこれと、可哀そうで、と、良く解るのである。


当時の、男たちの、女々しさが良く解る。

平安期の貴族社会の、男たちは、どうして、こうも、女々しいのか。

そこに、平安期の問題と、テーマがある。


女同志が、やり取りしているような、気分になるのは、私だけか。