生きるに意味などない146

ゆく河のながれは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつむすびて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし

鴨長明 方丈記


ここでは、自然もそしてこの世も、「ゆく河のながれ」にたとえられ、すべてが、とどまりたるもの(実体)ではなく、生々流転する。人の生とは、いずれともなく姿を現し、ゆくえも知れず消えてゆくうたかたのごときものだ。という。これほど、日本人の心理の底にある人生観、世界観を示した言葉はそうはないでしょう。

佐伯


久しくとどまりたるためしなし・・・

すべてのものが、そのようである。

何一つとして、限定されるべきものはない。

そして、何一つ、意味あるものも、ない。


つまり、実体がないという。

無い、無、あるいは、空、である。

無空・・・


もうこれで、お終い、である。

それから、何を延々と語るのか・・・

呆れる程である。


そして、その結果として、西洋思想が、博物学や分類学や理論科学やその延長上に実証主義を生み出し、それが産業革命や近代文明を作り出したのに対して、われわれ日本人は、理性や科学的思考よりも情緒的で美的な感受性に傾き、しかもその情緒や美的感性は、多くの場合、存在が無へと向かうそのはかなさの感覚において捕捉されるという、かなり独自の美意識を生み出したのでした。

佐伯


産業革命・・・

あれは、イギリスで始まったものであり、それは、イギリスの力ではなく、植民地から奪ったもので成り立ったのである。


近代文明・・・

そんなものは、何とでもなるものである。


日本は、世界に先駆けて、近代文明を築いた。

西洋からではない。

勿論、西洋の技術その他、多くを学び、模倣し、そして、日本独自のものを、作り出した。

それは、先に、西洋が少しばかり進んでいただけである。


日本は、鉄砲が伝えられると、即座に、日本式の鉄砲を作った。

時計が来ると、即座に、時計を作った。

つまり、日本には、技術があったのである。

ただ、それを作る必要が無かった、だけの話。


日本は、独自の美意識を作った。

日本だけがと、言った方がいい。


縄文期から続く、日本人の民族性は、あきれる程に高いものである。


あちらは、兎に角、人殺し一辺倒である。

日本は、あの長い縄文期に、戦いというものがなかったのである。


西洋とは、単なる、海賊が作った諸国である。

野蛮な海賊であり、泥棒を良しとする、民族性である。


日本人と親和性のある、ケルト民族を追い出して、国もどきを作り上げた。話にならない。比べることが出来ないのである。


さて、佐伯氏は、結局のところ、仏教、特に、日本における大乗仏教によって、何事かを、説く。


私は、すでに、神仏は妄想である、という、別エッセイで、書いているが・・・


現代の思想家とも、称される、佐伯氏の、論調を見る。


例の有名な「色即是空、空即是色」など、われわれには、さしたる説明もなく、直感的にわかる気がするのではないでしょうか。ここで「空」と「無」の違いという少しやっかいな問題は別にしておきましょう。その上でいえば、すてべの存在は、決して常態として永遠にそこにあるのではない。たえず変化し(それが「無」の第一義的な意味です)やがて消えてゆく。つまり、あらゆる存在は無であり、その本性は空と見なければならない。

佐伯


それを、日本人は、仏教から知ったと、勘違いする人たちの多いこと。


そんなことは、すでに、当たり前の感覚として、認識していた。

ただ、言葉にしないだけだった。


そして、西洋とは違い、言葉にする必要がなかった。

言葉にすると、誤る、と知っていたのである。


だから、所作に託した。

私は何度も言っている。


所作、動作である。

その所作に、託すことが出来る、民族だった。


語り尽くすということを、嫌った。何故か。それは、語れば、語ることによって、真実、真相、本質が、ボケるからである。


だから、最低限の言葉の世界である、和歌に託した。

それは、天皇から、一般庶民に至るまで、平等のうちになされたのである。


その証拠は、万葉集である。

世界最大最古の、歌集である。


言挙げを、嫌った。

何故か、ことば、そのものが、貴いものだったからである。

言葉は、神であった。いや、カムであった。


そのものに、力があると、考えた民族である。

それを、言霊信仰という、馬鹿者が多いが・・・


信仰という言葉も、日本には、無いのである。

必要がなかった。


それは、自然に囲まれていたからである。

自然の中に、すべてが隠れてあると、知っていた。


生死も、自然の内に在ると、感得していた。

ゆえに、死ぬことを、隠れると、言った。


だが、仏教の教義から、無、空を説明する人を、否定はしない。

次に、続ける。