生きるに意味などない149

佐伯氏は、まだ面白いことを書く。

その著、生と死、である。


その後半部分。

私も、基本的には「生も死も無意味」の立場にたっています。これはひとつの死生観です。しかし、そこから、ただちに「だからやりたいことをやって楽しめばいいじゃないか、難しいことなど考える必要はないじゃないか」とはならない。このニヒリズムをひとたび認めてしまえば、「生も死も無意味」であるにもかかわらず、逆に生に執着し、欲望に取りつかれ、結果として、この無意味なものに振り回され、苦しめられることになるでしょう。

好きなことをするにも様々な障害や面倒がでてきます。また、どれだけ好きなことをやってみても決して充足などできません。こうなると、好きなことをすること自体が苦を生み出すでしょう。快楽をえることと、楽をすることから逆に苦を生む。それならば、「生も死も無意味」の死生観のよってたつところをもっと問い詰めてみたくなるのです。

佐伯 改行は私


論者は、辛いのである。

何とか、説く必要がある。


何かに忙殺されている人間は、忙殺されているうちに、稚拙な精神をもったまま、何の準備もなく、いきなり老年に襲われる。そこであわてて、この老人は、わずか数年の延命を乞い求め、空しい若作りで老いをごまかそうとする。しかしそれでも病気や衰弱が襲ってきて、死を思い知らされる。そのときになって、怯えながら末期を迎え、自分の人生はおろかだったと後悔するのだ、とセネカは述べている。

佐伯


ついに、セネカが出て来た。


ついでに、こんなことは、いつの時代も、唱えていた。


例えば・・・

手元にある、真言宗日用勤行集を見ると・・・


無常和讃

静かに無常の有様を 思えばこの世は仮の宿

生者必滅会者定離 老少不定は世のならい

三世を悟るみほとけも のがれがたきは無常なり

身をよろず世と祈るとも 命は浮遊の暮またじ

心は千代を期すれども 姿は椿花の朝のつゆ

娑婆は日に日に遠ざかり 死するは年々近づけり

云々


同じ事を、繰り返して、繰り返してきた、人間の性である。


だから・・・宗教、哲学、思想は、説く。


しかし、セネカがいっていることを現代風に少し変形してみれば、別に暇な時間をこしらえろ、といったことではありません。仕事人間であることをやめて隠居せよなどといっているのではない。ただ、金を欲しがり、社会的な評価を追い求め、他人より少しでもいい生活がしたいという欲望に囚われていてはどうにもならない、といっているのです。それでは本当に幸福な人生にもならない、といっているのです。

佐伯


必死に説くが・・・

おおよその人は、聞く耳を持たない。


何せ、金の事になると、目の色を変えて、そのセミナーから、有名人を追いかけて、兎に角、金儲けなのである。

勿論、私もそれを、否定しない。


金を設けて、満足するなら、そんな良いことは、無い。

どんどん、やれ、と言う。


さて、セネカ、モンテニューと出てくる、佐伯氏の、論説である。

そして、私が、面白いと思ったのが・・・


仏教も、実は、無意味な人生というものを、突き詰めて、出来た教えだということだ。


徹底して、人生が、無意味であることを、仏教は突き詰めて来たのである。

これは、評価できる。


ところが、意に反して、とんでもない結果を招いた。

極楽浄土なとどいう、くんちくりんな世界を作り出したのである。


死んで、そこに生まれることを願い、念仏を唱えるという、大嘘である。


別エッセイ、神仏は妄想である、を参照ください。

そこには、その辺りの事が、わんさと、書かれている。


丁度、今は、その浄土宗、浄土教というものを、書きつけている。


佐伯氏の、案内で、モンテニューを見る。

死という敵とうまくつきあい、慣れ親しみ、あらゆる瞬間に死を想像しよう。馬がつまずいても、瓦が落ちてきても、針の先がちょっと刺さっても、これが死だったら、と思い返してみよう。そして、どんな快楽のなかにあっても、それに身を任せすぎずに、それが実はどれほどの死によっておびやかされているかを忘れないようにしよう。昔のエジプト人たちは、宴会でもっともよい御馳走が出てくるときに、死者の骸骨を持ち出してそこに置いた。

エセーより


エジプト時代から、いや、それ以前からである。

つまり、人間とは、愚かな者である。


東日本大震災で、一瞬のうちに、死ぬことになった、人たちがいる。

まさか、死ぬとは、考えなかったが、死んだ。

と、いうことが、多々ある。


それを、思え、である。


震災だけではない。

その一秒前まで、死ぬなどとは、思わないで、死ぬ。


日本の武士道は、大和魂から、出たものである。

つまり、本日、死ぬ日であるとの、覚悟である。


日本人は、それを心に抱いて、生きて来たはず。

つまり、それは、死ぬことを、怖れない、心の作法を身に付けていた。


ちなみに、武士だけではない。

一般庶民も、だいたい、その程度の、心の作法は、身に付けていた。


それが、第二次世界大戦、大東亜戦争で、噴出した。

死ぬことが、当たり前なのだった。


話は、まだまだ、続く。

生きるに意味などない、というお話しである。