日々の言い分384

大晦日から、元旦に渡り、新年という、観念を持つ。

新しい年がはじまる、元旦である。


元号が、変わった。

令和、という。

それは、五月一日である。


ところが、大晦日から、元旦にかけて、年は変わるが、それを受けている、人間は、何か、変わるだろうか・・・


昨日の私と、今日の私。

特別、何事もなく、私である。


日付が変わっただけ。


さて、平成から、令和になって、日本人は、何か、変わったのか・・・

何も、変わらない。


平成のままの、心境である。

その、心境とは、例えば、安全保障に関して、何の危機意識もないということ。


平成は、冷戦構造と、バブル崩壊を経験した。

そして、大震災である。


経済同友会は、昨年末の、提言の冒頭で、

危機感の欠如、現在の日本をこれほど的確に表す言葉は他にない

と、警鐘を鳴らした。


更に、

日本には危機感が欠如している。衆愚的な政治と面従する行政が問題の本質を糊塗し、知の退廃と自己変革力の枯渇を招いた。

とのこと。


憲法改正という、問題に関して、憲法を変えるな、九条を守れ、という人たちがいる。

そうすると、平和だそうだ。

戦争をしない国、日本である。


ところが・・・


例えば、中国は、尖閣諸島を我が物と言い、沖縄も、中国領だと言う。


実に、呆れるが・・・

そして、中国船籍がやって来る。

更に、漁船も来て、散々に、漁をする。


日本政府は、遺憾である、と言うのみ。


パラオでさえ、軍隊が無いから、警察が、攻撃するのである。


北朝鮮が、日本海領海に入り、大量に漁をする。

しかし、日本は、水を掛けるだけ。

それで、追い返すというから、笑う。


そして、また、漁船が来て、大量にイカを捕る。

日本の、スルメイカが、どんどん、減る。

イカ刺し、イカの塩辛が好きな私は、激怒する。


だが、人様の、海にある、上海ガニなどは、欲しない。


令和について、言う。

余りに、教養の無い、政治家が、何やら言うので、笑った。


社民党又市党首が言う。

令は、命令の令であり、安倍政権の目指す、国民への、規律や統制の教化がにじみ出ている、との談話である。そして、

元号とは、古代中国において帝王が時間を支配することを目的として作られたものであり、本来的に非民主的な制度だ。


共産党の志位という馬鹿者が、

元号は、もともと中国に由来するもので、「君主が空間だけではなく時間まで支配する」という思想に基づくものである。それは日本国憲法の国民主権の原則になじまないものだと考えている。

との、談話である。


それでは、西暦は、どうか・・・

本来は、キリスト教歴である。


イエスが復活した日、日曜日から一週間が始まる。

その一週間が、七日である。

それも、聖書に基づくものである。


日本国憲法の国民主権に、なじまないものである。


ちなみに、タイでは、仏歴を使う。

確か、現在は、2500年以上を経ているはずだ。


ただ、文句をつけて、安倍政権を批判するためのものと、私は、捉える。


それにしても、教養がないのである。


勿論、私も教養があるわけではない。

ただし、調べることは、出来る。


令、という文字は、ひざまずいて、神の言葉を聞く姿勢からなる。

それは、祈りの姿勢である。


そして、令、には、美しい、立派という意味がある。

源氏物語風に言えば、きらきらしく、あはれになつかしい、御姿である。


和、とは、そのまま、和、である。

わア、アとは、拓く、開く、その他のひらく、意味がある。

そして、大和言葉から言えば、やわらぎ、である。

そこから、やわらぐ、やわらげる、なごむ、なごやか、との意味である。


令、和、共に、戦いを止めて、平和な状態に戻すという、意味になる。


祈り、その神意に従う姿勢を示す。

敬虔な姿勢である。


更に、日本の神は、祖霊、先祖霊である。

良く解らない、唯一絶対の神という観念ではない。


確実に、この世に生きていた、方々の御霊が、神である。


素人の私が、言う。


ちなみに、別エッセイ、もののあわれについて、国を愛して何が悪い、等を参照ください。