性について306

セイム・ジェンダー関係が成立する、もう一つの形態について考察しよう。それは、一方のパートナーは異なるジェンダー役割を果たして、異なるジェンダーの衣装や装身具を身に付けるべきという、文化的欲求に基づくホモエロテック関係である。

ギルバート・ハート


つまり、今までの事例ではなく、ある特定の時代、地域では社会的、歴史的習慣を構築するものが、年齢ではなく、ジェンダーとなっているということ。


その社会で、注目すべきは、一方が「男」の役割を演じ、それに対して相手が「女」の役割を果たすというものだ。


これらの、セイム・ジェンダー関係を理解するためには、セックス、結婚、生殖における、ジェンダーの文化的役割を知ることである。


また、地理的位置にも重要な意味がある。

年齢構造化されたホモエロテック関係は、太平洋、及び、南太平洋地域に見られるが、ジェンダー構造化された関係は、アフリカ、南北アメリカを含む、新世界の大半の地域、東南アジアの島々、アジア大陸に広く分布する。


「第三のジェンダー」「第三のセックス」の役割が、存在するという。


世界各地の伝統的な、トランスヴェスティティズム、つまり、異性装の事例に見られる、ジェンダー、反転、男から女へ、あるいは、女から男へ、という状態を招くのは、文化なのか、生物学的要因か、である。


しかしここで何より重要なのは、まずセックスの二形制、あるいはジェンダーの二形制は人類にとって普遍的なものなのか、あるいは、多数の非西欧文化で見られるように、第三のセックスや第三のジェンダーを含めた、その二分法的体系には収まりきらない役割を制度化しうるのかといった問題である。

ギルバート・ハート


だが、第三のジェンダーと定義した方が、相応しいものである。


彼らは、男でもなく、女でもないという、特徴を備えた、ある種類の人々であり、その役割特有の、シンボリックな特質を有する。


例えば、男装する女の場合は、生物学的には、正常な女で、役割のみが、変化した。

それに対し、セックスとは、生物学的な半陰陽、あるいは、去勢といった、文化的処置によって、同様の状態へと変化したケースである。


第三のセックスの具体例は、ビザンチン帝国や古代アラビアにおける、王宮の宦官、また、インドのヒジュラなどが、知られる。


彼らは、生まれた時から、生物学的に、半陰陽であるか、もしくは思春期後半に、去勢の儀式を体験している。


また、現代では、誤った肉体で生まれて来たという、トランスセクシャル、性転換者、の例である。


異性としてのアイデンティティを持つ彼らは、完全に異性として対処するために、外科的手術を受ける。


このことは、古代社会や、親族関係が基本となる社会では、そういう人物を二種類のジェンダーや、生物学的性のカテゴリーとは区別し、明らかに、別個の社会的アイデンティティ・カテゴリーに属する者と、捉える。


それらの社会におけるホモエロテック関係を構成する特殊な種類のジェンダーには一般的に、社会的、文化的、心理的要素が関わることが多く、それらによりその特有な性習慣や生活様式は支えられている。

ギルバート・ハート


第三のジェンダー役割の事例に関しては、環太平洋地域、南北アメリカ、なかでも、二つの魂を持つ人物に関しては、北アメリカインディアンの事例が報告されている。


また、ヨーロッパには、異性装する女の事例が、14世紀から20世紀初頭にかけて、報告され、ポリネシア特有のジェンダー転換の形態があったことも、明らかになっている。


その性文化は、人々の役割を構築しただけではなく、その役割へと変わろうとする人物の発達を支える、神話と社会的習慣を作り出していたのである。


と、いうと、それは、大変な出来事である。


ある文化では、「差異」を感じていた人物に第三の役割が与えられた。

また別の文化では、ヴィジョン・クエストといわれる、成人儀礼の一つである、儀礼的な幻覚体験を通じた、霊界との交わりの儀式、家族の希望、宗教的集団の判断が、役割へと導く手順、社会化の機会において、決定的な要素となる。


神話化される事の多い、役割には、ホモエロテックな欲望、情熱、そして有意義な、パートナーシップを公然と表明することが、許されていたという。


それは、今日的な言い方では、ゲイ、レズビアンの役割に近い概念である。


人類学の研究により、ゲイ、レズビアン、性的に複雑な関係に理解を示すことが出来る、状況になってきたと言える。