もののあわれについて960

道の程の遥けくはげしき山路のありさまを見給ふにぞ、つらきにのみ思ひなされし人の御中のかよひを、ことわりの絶えまなりけり、と、少し思し知られける。七日の月のさやかにさし出でたる影、をかしく霞みたるを見給ひつつ、いと遠きに、ならはず苦しければ、うちながめられて、


中の宮

ながむれば 山よりいでて 行く月も 世にすみわびて 山にこそ入れ


さまかはりて、つひにいかならむ、とのみ、あやふく行く末うしろめたきに、年ごろ何ごとをか思ひけむ、とぞ、取り返さまほしきや。





道中は、遠く、激しい山道が続くのを御覧になり、連れないとばかり、恨みになっていた、あのお方の通い振りも、なるほど、仕方のないことだったと、少しは、お分かりになる。七日の月が、清らかにさし出た光、面白く霞渡るさまを御覧になり、遠い道ゆえ、慣れないことで、苦しいため、つい思いに耽りがちで、


中の宮

山から出て、空に上がって行く月も、この世が住みにくくて、山に帰って行くのだろう。


新しい所に移り、結局は、どうなるのか、と、それが不安で、これからの行末が、気がかりで、年来の苦労は、何ほどのこともなかったと、昔を、取り返したいという思いである。





宵うち過ぎてぞおはし着きたる。見も知らぬさまに、目もかがやくやうなる殿づくりの、「三つば四つば」なる中にひき入れて、宮、いつしかと待ちおはしましければ、御車のもとに、みづから寄らせ給ひておろし奉り給ふ。御しつらひなど、あるべき限りして、女房のつぼねつぼねまで、御心とどめさせ給ひける程しるく見えて、いとあらまほしげなり。いかばかりのことにか、と見え給へる御ありさまの、にはかにかく定まり給へば、おぼろげならず思さるることなめり、と、世の人も心にくく思ひおどろきけり。





宵を少し過ぎた頃、お着きになった。見たこともないほど、光り輝くばかりの、殿造りの、三棟四棟の中に乗り入れて、宮様は、今か今かと、お待ちかねでいらした。お車の傍に、ご自身でお寄りになって、降ろし申し上げる。

お部屋の飾りつけも、善美を尽くし、女房の局々に至るまで、ご注意の行き渡ることが、明確で、まことに理想的な、住まいだった。

一体、どのようなお扱かと、危ぶまれた方が、急に、このように、直られたので、一通りの執心ではなかったと、世の中の人も、どんな方かと、奥ゆかしく思い、また、驚くのだった。





中納言は、三条の宮に、この二十余日の程に渡り給はむとて、このごろは日々におはしつつ見給ふに、奉れ給へる御ぜんの人々帰り参りて、ありさまなど語りきこゆ。いみじう御心に入りてもてなし給ふなるを聞き給ふにも、かつはうれしきものから、さすがに、わが心ながらをこがましく、胸うちつぶれて、薫「物にもがなや」と、かへすがへすひとりごたれて、


しなてるや にほのみづうみに 漕ぐ船の まほならねども あひ見しものを


とぞ言ひくたさまほしき。





中納言は、三条の宮に、この二十何日の頃に、お引越しなさるつもりで、この頃は、毎日おいでになって、普請の様を、見ていらした。この院の近いところでもあり、様子だけでも聞こうと、夜の更けるまでお出でになると、ご前駆に差し遣わされた人々が帰ってきて、有様などを、申し上げる。

大層、お気に召して、大切にしていらっしゃると聞いて、嬉しいことだが、それでも、自分の好きで、と、馬鹿らしくもあり、気も転倒して、取り返すことが出来たらと、繰り返し、独り言が出てきて、


しなてる琵琶湖を、漕ぐ船の、真帆ではないが、まともにではなかったが、逢ったこともあったのに。


と、けちをつけたくなる。





右のおほとのは、六の君を見やに奉り給はむこと、この月に、と思し定めたりけるに、かく思ひのほかの人を、この程よりさきに、と思し顔にかしづきすえ給ひて、離れおはすれば、いとものしげに思したり、と聞き給ふも、いとほしければ、御文は時々奉り給ふ。御裳着のこと、夜に響きていそぎ給へるを、延べ給はむも人わらへなるべければ、はつかあまりに着せ奉り給ふ。





右大臣、夕霧の家では、六の君を、宮様に差し上げるのを、この月にしようと、内心では決めていたのだが、このように意外な方を、先を越してと言わないばかりに、大事にお迎えになって、寄り付きもしないので、右大臣、夕霧は、不機嫌と宮様が、耳になさり、気の毒で、お手紙は、時々、差し上げる。

御裳着の式は、大変な評判で、ご準備になっていらしたのに、延期されるのも、物笑いの事で、二十日過ぎに、お着せになった。


裳着の式、とは、貴族の娘が、13.4歳頃に行われる、成人の儀式である。