日々の言い分392

長年、源氏物語を書写し続けて、今に至る。


早蕨を終える頃だ。


次は、宿木、である。


実に、難しい物語である。それは、主語がないからだ。

誰の心境か・・・と、迷う。

それで、研究家たちの、論文が参考になる。


こうして続けていると、教養というものが、如何なるものかが、解る。


知識を教養と、勘違いする人が多い、様子である。


沢山の知識を持つと、教養があると、信じる。


私も、この年で、沢山の事を知ったが、未だに、教養というものを、身に付けているのかと、疑問に思う。


色々なことを、知った。

習った。

覚えたが・・・


果たして、教養があるのか・・・と、疑問である。


伝統文化と言われる、いけばな、茶の湯、舞踊から、琴、長唄と、三味線も習った。

朗詠もする、歌も歌う。

果ては、整体を学び、更に、病気治療の食事療法と・・・


延々と続く、知識の果てには、何があるのか、解らない。


学問で言えば、様々な学問を独学したが・・・

何一つも、身に付かない。


哲学、宗教、思想等々・・・

文学から、学問と名の付くもの・・・


生まれつき、頭が悪いのは、知っていた。

だから、受験向きではない。


昔は、学歴のある人を、尊敬したが・・・

今は、無理である。

学歴が、人間を作る訳ではないことを、知った。


尊敬する人は、だいたい、一次産業についている人たち。

農業、漁業、その他・・・


若い頃、面白半分で、株式投資をやってみたが、私の性格では、無理だと気付く。

だが、今、また、それをやり始めた。

つまり、性格矯正のためである。


勿論、お金がないから、その以上の投資額は、無い。

その、ある金だけで、やり繰りする。


長期投資ではなく、短期である。

いや、一日で、何度も、売り買いする場合もある。

そんな、投資である。


つまり、長期戦では、戦えない、性格である。


子供の頃から、物に、飽きやすかった。

兎に角、目移り、気移りする。


今も、そうである。

だから、職業について、聞かれると、困る。

面倒だから、占い師、と言う。


占い師となれば、社会的には、尊敬を受けず、あるいは、詐欺師と言われることもある。


職業は、詐欺師でもいいのである。

だが、人殺しと、盗みは、しない。

ただ、それだけ。


時々、盗むのは、雨上がりの、傘である。

誰も、何も言わない。


雨が止むと、傘を捨てる人がいる。

捨てる物を、盗む。

あるいは、貰う。


ゴミ捨ての日に、ごっそりと、傘が捨ててあった。

皆、使い捨ての傘である。

私は、勿体ないと、全部を頂いて、玄関の傘置き場に置いたが・・・

溢れた。


人が捨てた物を、貰う性格である。


これは、つまり、教養がない証拠である。


教養からは、品格が現れる。

そのは、所作と言葉に、現れる。


私の場合は、多くの人に逢うので、所作と言葉は、それなりだ。

それは、茶の湯をやった、お陰か・・・


着物を着ているから、舞踊の所作があって、良かった。


そういうば、昔、男芸者と言われたことがある。

確かに、着物を着て、物越しが柔らかいと、男芸者になる。


と、実は、どうでもいいことばかり、である。


死ぬまでに、少しは、教養を持ちたいと、毎日、毎日、本を読み、そして、物を書く。

ただ、それだけで、死ぬまでの、暇を潰している。


暇の潰し方は、きっと、結構な、ものである。


貧乏性で、黙っていられないのだ。