神仏は妄想である559

中国浄土教始祖と仰がれる、慧遠が用いた「般舟三昧経」は、浄土三部経とともに、浄土教普及、ことに、称名念仏普及に、大きな影響を与えた。


隋の時代になると、天台宗祖、智顗の実践行となったのである。


天台智顗は、法華経を根本経典として、龍樹の中観哲学を受けて、一切の事象は、即空であるとともに、空に即して、具体的存在、即仮であり、同時に、空、仮に対して、中を悟るべしと説く。


そして、空、仮、中は、円融の三真理であり、現象の一切が、絶対に肯定されて、「一色一香も中道に非ざるはなし」と説く。


このような体験に進む実践行として、四種三昧を説いたが、その一つが、常行三昧であり、これこそ、「般舟三昧経」によった、念仏三昧であり、極めて厳しい実践行を奨励した。


この法を行する時は、まず悪友、痴人、親族、郷里等を避けて、常に独居し、乞食して、特別の招待を受けずと言う。


道場を厳飾し、諸々の具を備え、身は沐浴し、大小便にも、衣服を改めるという。


口には、常に阿弥陀仏の名を唱えて、休息することなく、心は常に阿弥陀仏を念じて、休息することなく、唱念同時に運び、先念、後念、唱念相続して、休息しないという。


阿弥陀仏を唱えれば、即ち、十方仏を称えることと功徳は同じである。


歩々、声々、念々、唯、阿弥陀仏にある・・・

これでは、狂う。


摩訶止観に書かれている。

つまり、当時は、日本で言う、禅も、浄土宗も、日蓮宗も、同じ根だということだ。


阿弥陀仏を法門の主として、念仏行道90日に渡る特別行で、心を専一にして、天台宗の根本義である、宇宙観、一切即空、即仮、即中である。


円融真理の諦観を進めるのであり、西方浄土往生を願うのではないとのこと。


しかし、この行を続ける、常行三昧が、浄土信仰が著しく普及する、隋、唐時代に行われれば、当然、西方浄土願求の信仰に、帰着するのである。


中国仏教で、蓮宗第二祖とされる、唐の善導は、浄土三部経による、純浄土教の大成者として、長安で活躍し、日本の法然の浄土宗の師匠と仰がれる。


だが、この善導も、般舟三昧を解釈している。

また、善導は、阿弥陀仏の周囲を巡り歩いて、讃歌、念仏、懺悔の宗教儀礼の著書もある。


更に、唐時代には、天台撰という、「感無量寿経疏」「浄土十疑論」などの書も出て、天台宗祖は、浄土往生の信者とされ、これらの浄土教関係の書は、僧俗の知識層の間に、普及した。


インドの仏教、特に、仏陀が説いたものが、滅茶苦茶になっている様である。


こうなると、収拾がつかなくなる。


勝手気ままに、枝葉が伸びて、それが、人間の妄想力により、いずれ破たんする。

現在の中国では、仏教など、全く存在しない様子である。


つまり、時代性のものだった。

そのような、時代だったというしかない。


時代が作り上げるもの、それが、時代性である。

そして、時代精神というものがある。


ご苦労さんと言うばかりのこと、である。


空、仮、中、という円融の三真理という、言葉に騙されたのである。


実に、罪深いことである。

信仰とは、ただの、迷いであると、断定する。


そうすると、迷いのただ中にあること、それが、救いである。

そして、出来れば、迷う我という、意識を明確に持つべきだった。


そうすれば、そこにこそ、救いというものがあった。


さて、中国の蓮宗第四祖五会長安、法師法照は、善導の後身なり、と言われた。

四川に生まれた彼は、後に当時の、極東仏教界第一の霊山といわれる五台山に同志と共に登り、文殊菩薩の霊告によって、五会念仏という緩急曲調をつけた、音楽念仏を中心に、「五会法事讃」という、浄土教儀礼を教え、広めた。


五台山は、文殊菩薩現在して、その霊感に触れると信仰され、インド、日本、朝鮮からも、巡礼者の登山が絶えなかった。慧遠、曇鸞の誕生地は、この霊山の近くである。


その時代、入唐していた、日本の、慈覚大師円仁が、この音楽念仏を伝えて帰国した。


当然、それを行う。

丁度、比叡山天台宗の全盛の時期、藤原支配の時代である。

その当時の様子は、省略するが・・・


あまりに単純で、呆れる。


ただし、円仁は、比叡山に、四種三昧の実践道場として、法華堂、常行堂を建てて、この音楽念仏法要を常行堂に実行して、これを、常行三昧に変えた。


「朝法華、夕念仏」という、比叡山の天台宗風となった。

法華と念仏である。

今なら、全く違うものという、意識があるが・・・


美声の専門家を養成して、常行堂音楽念仏は、8月15日、中秋の名月が山林湖面に美しく澄む時節に行われる、重要な年中行事となり、京都の貴族を惹きつけた。


貴族が好んだ、山の念仏は、山を下りて、都で行われて、更に、全国に広まった。


日本の天台宗では、四種三昧の一つを実践する、常行三昧堂の常行三昧は、浄土往生を願う、称名念仏に変質し、鎌倉時代の、浄土三部経による、純浄土教信仰運動が、容易に芽を出し、急速に盛んになるよう、京都を中心に、その準備をしたのである。


ここでも、純浄土教というが・・・

何故、純とつけるのか・・・


つまり、中国での、最初の浄土教、廬山の慧遠の「般舟三昧経」から出たものではないという、意味だ。


日本の浄土教は、曇鸞、道綽、善導の浄土教である。