神仏は妄想である560

日本天台宗では、四種三昧の一つを実践する、常行三昧堂の常行三昧、つまり、不断念仏、引声念仏は、浄土往生を願う、唱名念仏に変質して、鎌倉時代の浄土三部経による、純浄土教信仰運動が、容易に芽を出す、下地を作ったといえる。


遥かに遠い、廬山の慧遠の「般舟三昧経」による、念仏結社の影響からである。


しかし、「般舟三昧経」の浄土教からは、中国の曇鸞、道綽、善導の浄土教は、生まれず、この中国の三師を師範として仰いだ、法然、親鸞の日本浄土教は、生まれなかった。


平安中期からは、この常行堂阿弥陀堂の貴族的音楽念仏、つまり、法昭の五会念仏を導入した日本天台の常行三昧念仏が、貴族界を中心に、念仏行と浄土往生信仰を普及したが、それと同時に、比叡山をはじめ、大伽藍名刹の僧から、町へと、再出家して市井の念仏の、空也上人などに代表される、民衆念仏の師匠となった「ひじり」の続出により、称名念仏による浄土信仰は、広く、庶民に普及した。


この、二流の念仏仏教が、比叡を下る、法然、親鸞の浄土教を生む、日本の背景である。


その浄土教義信仰は、海を越えて、曇鸞、道綽、善導の著述と、宗教的人格から、導き出されたものであと、研究家は言う。


研究家は、その浄土教を、純浄土教と言うが・・・

つまり、曇鸞系の浄土宗、そして、法然、親鸞の浄土宗を、純と命名する。


更に、それは、江南の漢民族の貴族文化の華やかさからは、生まれず、北シナの素朴な、胡族支配下の、漢人宗教家から、生まれたのである。


慧遠から、智顗の時代までの江南は、梁の武帝時代を頂点とする、貴族文化の全盛期で、当時は、仏教文化の全盛期だった。


それが、まさに約500年の後の、日本の平安期、藤原貴族文化の全盛期と、類似する。


漢族貴族によって、咲き誇った南朝文化は、実に艶やかだった。


読書、詩文、音楽、美術、そして、遊宴と女色を享楽した文化の担い手は、ロマンの世界で、意思決断の力強い実行力を失い、情緒の世界を流れていた。


南朝文化は、晩唐の杜牧が象徴する、仏教の全盛期であるが、宗教といより、仏教文化の全盛期だった。


それは、つまり、悟りを求めて、精進するというようなものではなく、また、社会奉仕に生き甲斐を見る、宗教でもなかった。


ただ、仏教という、すさび、であり、仏教文化の享楽である。


罪悪凡人の自己内省、人間直感の、罪悪への恐れと懺悔もない。

厭離穢土という意識も、稀薄で、そこに現実否定の、欣求浄土の意識もない。


純浄土信仰への更生、大慈悲の中に生きる、歓喜ある、宗教生活は、皆無であると、研究家は言う。


しかし、と、私は言う。


その純浄土教が、本当に、まともなのか、と。

ここで、少し、日本人の精神に関することを書く。


日本人は、境地を求める、民族である。

だから、念仏も、実は、その日本人の境地を求める、一つの手段になったのに、過ぎないのである。


最後には、念仏が念仏を唱える、という、境地に至った。

そのための、方法が念仏だった。


それでは、念仏でなくても、いい。


日本には、芸道、武道などと、道のつく世界が多い。

それは、どの道にも、通ずるという、精神を持つ。


武道家が、芸道家に、師事するということも、多々あった。


信仰の世界も、結局は、境地を求める、一つの方法であった。

それは、技芸の道も、同じである。


神仏に、支えられてあるという、言い方をするが、実は、神仏は無でも、問題はない。


逆に、神仏に重きを置くと、誤る。


宮本武蔵は、勝負の際に、神仏に祈ることを、自ら、禁じた。

しかし、晩年は、観音菩薩に帰依したとある。


それは、それで、いい。

人間は、死が近づくと、神仏に近づく心理を持つ。

それは、解らないからである。


死ぬという世界が、解らない。故に、解らない、神仏を求める。

そして、解らないから、信仰が芽生える。


死のベッドで、入信する人が多い。

それは、死ぬことへの恐れからである。


そして、死ぬことを、怖れることは、何も悪いことではない。

神仏を奉じて、安全無事に死ぬことが出来れば、幸いである。


勿論、生き方により、今頃、気付いても、遅いという人もいるが・・・


別エッセイ、生きるに意味などない、死ぬ義務を、参照のこと。


さて、更に、中国浄土教の変転を見る。

それを見ることで、更に、人間の有様、その性、さが、というものが解る。


信じる者は、騙される、を地で行くのである。


北シナ北朝では、胡族騎馬族に脅かされた。

降雨量も少なく、降っても、深い黄土層に吸い込まれて、水の少ない麦作地帯では、飢餓も、しばしば発生した。


都では、貴族的仏教が盛んだったが、特に地方では、信者になり、真剣な造像供養祈願が行われ、また僧たちも、求道実践行を惜しまぬ人たちが多かった。


土地柄である。

そのような、神仏を求める、土地柄だった。

そこに、浄土思想が、上手い具合に、入り込んだ。


宗教とは、実に、罪深いものである。

人間の弱さに、付け入る。