日々の言い分411

情報に溢れているが、日本の、垂れ流しの情報は、単なる、噂話の程度である。


日本の情報公開の程度は、世界で、61位程度。

呆れる。

それで、その情報から、何かを語る人たち・・・


私には、馬鹿、アホに見える。


それでは、私は、何処から情報を得るのか・・・

本である。

そして、確かな情報を持つ人たちの、講座、及び、ブログ等々。


勿論、最後は、私の感性である。

感受性とも、言う。


私は、お陰で、あまり、頭の良い方ではないから、何度も、繰り返して、読む、読む、読む。そして、聞くことを、続ける。


更に、暗記するのは、全く性に合わないから、兎に角、書きつけるしかなくなる。


日本の、新聞、テレビ、その他の、情報を元にして、何事かを語る人には、とても、偏狭な人たちがいる。


偏狭と言えば、反日とか、左翼とか、左派とか、右派、右翼、など、多数。


日本に生まれて、住んで、生きているという、日本人としては、親日が当たり前だと思うが、そうではない人たちもいる。


彼らは、単に、先祖の因縁が悪いだけで、その人には、悪気はない。

だから、私には、どうでもいい、存在になる。

無視している訳ではない。


でも、どうでも、いい。


基本的には、伝えることが、生きることであるから、自分にも、伝えるものが欲しいと、常に思う。


それでは、何を、どのように伝えるのか、である。


私の得意は、所作と、語り、踊り、書きつける事。


論外では、唄うことである。


そのために、朗詠家と、演歌師を任じている。

任じているだけで、誰も、認めなくてもいい。


何せ、生きるということは、自己完結である。

自己が、完結せずして、生きているとは、言えない。


もっと、平たく言えば、自己満足である。


徹底的に、我に、酔うのである。

そうでなければ、舞台に立つことは出来ない。


さて、情報であるが、これを分析して、情けに報いる、という、言い方をする人がいる。


嘘である。


情けに、報復することである。


情けは人のため、ならず、という、諺がある。


日本と、日本人は、情けのために、報復されている。

あの、敗戦から、今に至るまで、報復を受けている。

それが、現実である。


中国の、韓国の、北朝鮮の、反日を見れば、一目瞭然である。

そして、それもこれも、アメリカが撒いた種。


キリスト教白人に関して、日本人は、知らなさすぎる。

キリスト教をよくよく、学ぶこともしない。


それこそ、情報の基本である。


あの、神に似せて作られた、白人たちが、作り上げた、宗教を学ぶことなく、彼らを、理解することは、出来ない。


今も、神学という、妄想を積み上げ続ける、キリスト教である。


カトリック、そして、プロテスタント、共に。


日本の、キリスト教徒たちは、本当の神学なとば、知らない。

教えて貰うことが無い。


まともに聞けば、とんでもない教義を聞くことになる。


例えば、新約聖書の解釈であるが、日本人には、日本人に合うように、浪花節である。


勝手な解釈をする、神父や牧師たちである。


カトリック神学、プロテスタント神学共に、混乱極まりない。

そして、なお、出来上がっていないのである。


これからも、生成発展させることになる。

何せ、神の存在の無い、神学まで出る始末。


人間の、妄想力には、ほとほと、呆れる。

でも、呆れるとは、それを知る、ということである。


そして、イスラムの思想は、またまた、とんでもないものである。

その神秘思想などは、日本人の頭の程度では、歯が立たない。


インド哲学も然りだが、中東の宗教の大元、イスラムを理解するには、人生が短すぎるのである。


私も、ほとほと、参っている。


だが、宗教を、まず理解しなければ、彼らの思考形態、思考する有様を理解出来ないのである。


情報から、宗教の話になったが・・・

まず、基本は、そこからである。

だから、絶望した方がいい。


もう、すでに、理解出来ない状況になっている。

生まれてすぐに、始めなければ、遅い。



ちなみに、中東にて仕事をしていた人が、一言。

あいつらは、狂っている。

とのこと、だ。