玉砕279

中国が、核兵器を開発し、決断したのは、1950年代の半ばである。


当時日本は、朝鮮戦争特需で、敗戦から立ち直ったばかりである。

54年に、防衛庁が設置され、朝鮮戦争で誕生した、警察予備隊が保安隊、そして自衛隊と改称されて、軍隊らしい存在に変わった。


翌年に、55体制と言われる、自民党と社会党の二大政党の時代が始まった。


日本は、日米同盟による、安全保障体制の下で、軍事には金をかけず、ひたすら、経済成長を遂げて行く。

その時期、中国は、核兵器開発を決断、核大国に向かって、進むことになる。


その理由は、何か・・・


それは、建国以来、つまり、第二次世界大戦後に、米国の核兵器によって、何度も威嚇され、核攻撃の危機に晒された。


朝鮮戦争の機関を通じて、常に、旧満州の東北地方を、核攻撃するという米国の、威嚇に晒されたのである。


また、停戦後は、インドシナ半島で、ホーチミンの革命戦争が進展する中、米国は、後方支援していた中国を、核攻撃するとして、インドシナ戦争から、手を引くことを促した。


更に、蒋介石政権が、将来、大陸反攻を遂行するため、軍隊を駐屯させていた、中国大陸沿岸の、小さな島を一つ一つ攻撃して、中国の領土とした。


その過程で、台湾海峡をはさみ、緊張が高まった。

特に、54年末から、55年1月にかけての、大陳島作戦では、米国が、空母六隻を含む、100隻近い艦隊を展開し、中国に圧力をかけた。


そして、核攻撃をちらつかせた。


つまり、建国以来、米国に、核兵器で攻撃すると威嚇されたことから、毛沢東は、核には核で対決するしかないと、思わせたのである。


毛沢東は、核兵器が、米国と対等に渡り合える、政治兵器であると、明確に、理解していた。


そして、核兵器の抑止力である。


一般に核兵器の精度と、破壊力に優れたのは、米国とソ連である。

第一撃により、相手の報復力を先制攻撃する、対兵力戦略という。


これに対して、劣勢側は、相手の第一撃から、生き残り、心理的効果を狙って、相手の国民を目標とする、対都市攻撃戦略をとることにより、相手の先制攻撃を思いとどまらせる能力を持つ必要がある。


これにより、核戦力で、有効な抑止力を確保出来るのである。

これが、最小限核抑止力である。


核兵器の無い日本は、その抑止力が無いのである。

だが、誰も、多くの国民は、核兵器を持つと言わない。


気づいている人が、核兵器の必要性を訴えているのみ。


そして、敗戦から、日本は、アメリカの核兵器に守られて、平和を享受してきた。

これが、現実である。


核兵器反対と、叫んでも、世界から、核兵器は、無くならない。

それを、日本の平和馬鹿な人たちが、知らない。


反日、左翼、サヨク系の人たちは、核攻撃を受けたら、死にましょうと、言うのである。


私は、意味もなく、ただ殺されるのは嫌だから、核兵器保有を希望する。


中国が、日本を核攻撃し、あるいは、威嚇できる核兵器を、早くも70年代に保有している。


最近では、それよりもはるかに水準の高い、核兵器を保有している。


それでは、日本が中国から、核兵器で攻撃される、あるいは、威嚇されるとすれば、どのような時か・・・


それは、それほど遠くない時期、中国の台湾統一の軍事行動の時である。


台湾は、日本の隣国であり、日本のシーレーンの重要な場所に位置する。


それは、南シナ海を通り、中東に至るシーレーンばかりではなく、台湾が中国に統一されると、中国は、太平洋に面した国となる。


中国の、潜水艦は、日本の南西諸島海域を通過したり、台湾とフィリピンの間の、バシー海峡を通ることなく、台湾から、直接、太平洋に出ることができるようになる。


それが、太平洋の、シーレーンに影響を与えないはずがない。

そればかりか、日本、南西諸島から、台湾、フィリピン、カリマンタン島へとつながる第一列島線に対する、中国の影響力は増大し、朝鮮半島は、中国の下に入る。


今、アメリカと経済戦争をしているが、これが、本格戦争になる可能性は否定できない。


米国の、東アジア戦略と、正面から衝突することになるからである。


また、中国による、台湾の軍事統一は、日本にとっては、他人事ではない。

中国が、台湾の軍事統一を断行する場合、台湾問題は、中国の内政問題だと、日本政府、世論に働きかけるだろう。


横須賀から空母が出動したり、沖縄の米軍基地から攻撃隊が出撃する時、東京を核攻撃すると威嚇することは、目に見えている。


もし、その威嚇に、屈したら、日本は中国に、取り込まれる。


そのためには、米国との、日米同盟が必要不可欠だ。


米国の、核の傘に依存しつつ、米国の核を持ち込むことに反対し、あるいは、原子力潜水艦の日本配備に反対する立場を、改めることだ。


お花畑などと、いつまでも現実逃避していては、日本が、危ういのである。


日本も、核武装すべきであると、良心的な人たちが言う。

当然、日本にも、核兵器が必要である。

安全保障、つまり、生存権を守るためである。


核兵器を無くそう、平和都市宣言などと、アホなことを書いている、地方都市などは、現実を知らず、さらには、生存権まで、投げ出しているということである。

国を守る、ということは、身を守るということと、一緒である。

日本人が、日本という国を無くして、どうすると言うのか・・・


勿論、国家否定する者は、日本を出て行くべきだ。

今なら、何処の国にも、住むことが出来る。