国を愛して何が悪い234

重要なのはこのときの「姿」だ。ところで「姿」という言葉ほど厄介なものはない。世阿弥は注意しているが、能の基本が「ものまね」だからといって、それだけを最上と心得て、「姿」を忘れては「幽玄の境」に入ることは出来ないと。その「姿」を、一体、どのようにして形成し、さらに確認するのか。言わば自己を知る方法なのだが、次のような難題を世阿弥は提出する。

亀井


見所より見る所の風姿は、我が離見也。然れば、わが眼の見る所は、我見也。離見の見にはあらず。離見の見にて見る所は、即ち、見所同心の見なり。其時、我が姿を見得する也。

花鏡


つまり、我が姿を、360度から見る眼を言う。


観客の目から、そして、後ろから、横から、斜めから、である。

そんなことは、舞をすれば、解る。


当然のことである。


その姿こそ、我が姿、「我が姿を見得する」と言う。


目前左右までをば見れども、後姿をばいまだ知らぬか。後姿を覚えねば、姿の俗なる所をわきまへず。

花鏡


目前心後・・・

眼を前に見て、心を後に置け、とある。


だから、我が姿を、360度から見る眼なのである。


上下左右の目、である。


肉眼の及ばない後ろ姿まで見抜いて、身体全体の均衡の美を保たなければならないということである。

亀井


幽玄に定義をつけた、世阿弥である。

それが、幽玄の姿なのだ。

つまり、全能の神のように、我が姿を見渡す心意気である。


心意気であり、そんなことは、至難の業である。


それは、ある種の悟りの境地だろう。


妄想でなければ、よいが・・・


おそらく修練に修練をかさねた果てに、また無数の舞台を眺めた果てに、世阿弥の心にはっきりと刻印されたそれぞれの曲の「姿」というものがあったにちがいない。経験の累積からきた意趣の想像力と言ってもいいだろうが、舞台の上に、完全に客観化された「姿」のもつ均衡の美が、直ちに「眼」に浮かんだにちがいない。

亀井


また、亀井は、身体の勘によって、確認する以外にないだろうと、言う。

それも、また、一理である。


想像力・・・あるいは、妄想力である。


更に、個々の場面に即した極めて具体的な、実技上の問題、であるとも、言う。


幽玄という言葉について、どんな精密な定義を下してみても、どうにもならないのと同じだ。

亀井


ただ美しく、柔和なる体、幽玄の本体なり。

花鏡


つまり、幽玄の本体とは、化け物である。

人間ではない、モノである。


亀井は、それを、ある瞬間のうちにあらわれるものかもしれなないのだ。と言う。

それも、その通り。


最初から、最後まで、化け物を演じ切れるはずもない。


謡曲の言葉、発声、囃子、シテの動き、その全体のつりあいについて世阿弥は細心を極めているわけで、この間おそらく数秒であり、それより早くても遅くてもいけないのであろう。「姿」は崩れてしまうにちがいない。こうした瞬間のうちにあらわれる幽玄の姿に彼は賭けたのである。偶然を期待したのではない。「妙所」を意識的に構成しようとしたのである。

亀井


妙とは「たへなり」となり。「たへなる」と云ふは、かたちなき姿なり。かたちなき所、妙体也。

花鏡


後世、どれほどの人たちが、世阿弥の言葉の解釈を行ったのか・・・

数知れぬだろう。

そして、それらには、能楽師もいるだろうが・・・


実は、誰一人も、指摘しなかったことがある。

それは、世阿弥における、男色の行為である。


将軍足利義満に愛された。

勿論、将軍は、世阿弥のみならず、能楽の世界の少年たちを、愛した。

乞食と言われた彼らが、それによって、少しは、救われた。


観阿弥、世阿弥親子も、そうである。

後で、私は、世阿弥の芸論が、男色行為における、微妙な関りに寄り、成り立つことを言う。


さて、亀井の分析である。


世阿弥は「ものまね」の「形」から「姿」にいたるまで、「完璧」を求めたのだ。微細な点まで言い尽くさなければやまないといった風だが、真の妙所は、「さて、言はんとすればなし」である。これが幽玄の成熟した境地だというのである。

亀井


完璧を求めたが、この世に、完璧など無いのである。


完全無欠など、あり得るはずがない。

芸とは、そういう世界である。

しかし、完璧を求める心がなければ、始まらないというのも、芸の世界である。だから、終わらない世界となる。


そして、それを続けて生きることこそ、芸に奉仕する者に成る。

ただ、それだけが、救いの世界である。


そして、境地を求めるとは、日本の伝統である。