死ぬ義務37

さて、一度、日本の死に関しての、結論めいたことを書く。


日本人の、死生観である。

佐伯氏の言葉を紹介する。


「生も死も無意味だ」から出発して、その「無意味さ」こそが、自我への執着を否定したうえで、現実世界をそのまま自然に受け止めることを可能にするのです。われわれは、草木のように土から生まれ、また土に戻ってゆき、そしてまた別の命が芽をだす。すべての存在がこうした植物的な循環のなかにあることをそのまま受け止めるほかありません。不生不死とは、生まれたものは死に、次のものがまた生まれるという植物的で循環的な死生観をいい換えたものといってもよいでしょう。

佐伯


日本人の死生観は、その通り、ただ、循環なのである。

それを、もののあはれ、として、生きた。

つまり、循環を知り、それを受け入れて、生きただけである。


それ以上の言葉を、必要としないのである。


生も死も、自然のなかにある。

そこにおのずと、生命が循環する。

ただ、それだけのことである。


とすれば、われわれは特に霊魂はあるのかないのか、あるいは来世はあるのかどうか、などということに悩まされる必要はない。確かに、生も死もどちらでもよい、などと達観することはできません。しかし、この達観に接近しようとしたのが日本的な死生観のひとつの大きな特徴だったのであり、それは現代のわれわれにも決して無縁ではないのでしょう。

佐伯


と、現代の思索家である、佐伯啓思氏が、書く。

それは、つまり、今までの、日本の精神が築き上げたものを、再確認しているのである。


それを、延々と、繰り返して、今の今まで来た。

ところが・・・


何故、尊厳死、安楽死に関しては、少数の人たちしか、取り上げないのか、不思議だ。


であるから、いよいよ、尊厳死について、少し入る。


結論から言う。

尊厳死、安楽死という前に、日本には、中世に、死に方としての、自死があった。

それは、悲壮なものではない。

数年を掛けて、自然死に近くして、死ぬという行為である。


最後は、枯れ木のように、死ぬ。

見事な、死生観であり、死に方である。


私は、それを手本とする。

その前に、尊厳死と安楽死について、倫理学からの見方から、俯瞰する。


一応、尊厳死の思想と言っておく。

そんなことは、どうでもいいが・・・哲学、思想というと、それなりに、信用する人がいるからである。


尊厳死とは、非人格的生存の拒否である。


つまり、非人格的生存を無意味として、退ける考え方である。

当然、人権家と言う人たちからは、反対され、迫害される。


ところが、人権という定義を明確にする、哲学、思想はない。


尊厳死に近いものとしては、厭苦死思想、放棄死思想、淘汰死思想がある。


ここで、この思想の原型となる、考え方を紹介する。


人間は、この世界における、特殊な存在である。

自然によって、受動的にそのあり方が決められる、無生物、動植物のように、単に、ある、いる、生きている、生きていく、というだけのものではない。


人間は、理性と自由意志を備えた者として、何よりも、人格である。

自己の生存や行為の意味を理解し、自由に自己のあり方を選び取ることができる、存在である。


つまり、高等な精神活動が出来る存在なのである。

それは、他の諸生物には見られない、尊厳を備えているという、考え方である。


人間の生命は、ただ、生命ではないという、実に、尊大不遜な考え方であると、付け加えておく。


だから、動物を殺して、食う。

ところが、犬や猫などを殺して食うと、怒る人たちがいる。

動物愛護協会なるものがある。


さらに、牛、豚、鶏などを、楽に殺せというから、驚く。


それならば、人間も、楽に殺せとは、言わない。

病院のベッドに、括り付けて、苦痛の中を生かすのである。


人間を殺さないことが、上等だと思い込む辺りは、相当に、イカレている。


さて、倫理学である。

人格性を持たず、単なる生物学的生命にすぎない肉体は、その外形がいかなるものであれ、尊厳もなく、特別の価値も含まれていない。

それは、人間ではないのである。


つまり、この倫理学の立場は、古くは、旧約聖書に記された、考え方を基本にしていると言える。


その聖書には、人間が、自然、その他の生き物、すべてを支配させと言う。

人間第一主義である。


それは、人間が神に似せて作られたものだから。

そして、その神に似せられたのが、白人であるという、人種差別思想が、完璧に出来上がった。


倫理学というが、それは、キリスト教、欧米の思想から、出たものである。


勿論、現在でも、それが通用している。

ただし、人種差別は、日本が、キリスト教白人の大国、アメリカと戦い、その結果、敗戦したが、撤廃されたという、経緯がある。


あの、大戦である。

大きな意義があったのである。


有色人種の国、日本だけが、白人の諸国に、特に日露戦争で勝って、入り込んだからだ。

その日本が、最初に、人種差別撤回を進言した。