日々の言い分435

手技、整体の時代がやってきた。


既存の、マッサージでも、鍼灸治療でも、整骨治療でもない。

手技の技で、整体を行い、様々な、痛み、症状を取り除くというものである。


私が、整体の研究をはじめたのは、30年程前である。

その頃、私は、多く、マッサージを受けていた。

そのような、体質だと思ったのである。


体が凝る・・・

緊張性の身体を持つのが私で、それは生まれつきのものと、理解していた。

そして、それは、正しい。


上半身が、緊張するのである。

つまり、通常言われる、肩こりタイプである。


今も、肩こりタイプであるが、意識が変わった。

それで、当然と考える。


一日、おおよそ、八時間程度、椅子に座り、ネットに向かう。

そして、物を書く。

本を読む。


以前は、本は、体を横にして読んでいたが、乱視の疲れで無理になった。


私の手技は、足裏、掌が主体である。

勿論、様々な、療術も使う。

自分のためにするのは、もっぱら、足と手である。


体の端が、一番、治療に適していると思う。

だから、頭の手技も、いい。

更に、睾丸なども、有意義である。


タイマッサージの技法も、有意義と、ある時から、気付いた。

特に、タイマッサージは、下半身が、いい。


脚のマッサージは、タイマッサージの極意であると思う。


だいたい、足全体をよく揉むと、体全体に波及する。

血行、リンパの流れが良くなる。


体は、体液の循環が主であるから、足全体を揉むことで、体全体が、楽になる。


手技整体は、未病に最適だと、考える。

病気になる前に、ならないように、療術するのである。


西洋医学は、もう限界に来ていて、末期的状態である。

何せ、ガンも、まともに治すことが出来ない。


抗ガン治療、放射線治療でも、無理。

逆に、民間治療といわれる、東洋系の治療の方が、断然いいのである。


更に、ガン細胞に栄養を与えない、食べない療法である。


神経より、経絡系の刺激による、手技が最も、人間には、適している。


勿論、西洋医学をすべて否定するのではない。

対処療法であることを、知って、利用するのが、いい。


あるものは、何でも、利用することである。

だから、私も、薬を飲む。


副作用があって、当然である。

薬は、毒でもある。

だが、毒を以て毒を制する、という言葉の通り。


更に、私の場合は、死ねば、副作用も何も、無い。

死んで、すべてが、解決すると、考える。


医食同源、と言う言葉がある。

全く、その通りで、食べ物で、病を治すのが、一番良い方法だ。


しかし、その時間がないから、対処療法の西洋医学の方式を選ぶだけ。


そして、医者は、国家資格である。

だが、私に言わせれば、治す人が、その人にとって、医者である。

資格があろうが、無かろうが、関係ない。


飛躍するが、霊力で、病を治せば、それはそれで、医者である。


霊医者となる。


あるものは、何でも、使え、である。


私の場合は、何の病もない。

何せ、食べ物が、私の一番の心得。


体の欲するものを、食べる。

食べたい物を、食べる。

すると、好き嫌いにより、云々という人がいる。


嘘である。

好きなものを食べて、死ぬなら、嫌いなものを食べて死ぬより、いい。


体は、今必要なものを、欲する。

私の場合は、大豆類が主で、魚、野菜、その後で、肉。


納豆、豆腐、漬物、魚、味噌汁は、海藻と野菜になる。

魚と肉では、四対一程度で、魚が多い。

と、いうより、肉はあまり食べない。


好きな肉は、羊肉である。

道産子だから、ジンギスカンがいい。


札幌に行くと、ジンギスカンの味付けを買う。

三袋で、900円程度のもので、十分。


私の場合、高級肉は、毒になる。

一度、友人に誘われて、霜降り牛の、すきやきをご馳走になった。

呆れた。

糖尿病の牛肉であり、三枚目で、吐きそうになった。


子供の頃、海産物の新鮮なものばかりを、食べていた。

だから、今は、新鮮さを、好まない。

もう、飽きたのである。


当時は、それで、とても貧乏だったから、不思議。

つまり、父が漁師で、毎日、新鮮な魚を食べていただけのこと。


時々、八丈島から、クサヤを取って食べる。

だが、昔と違い、上品な、クサヤになっているのが、残念。

鼻が曲がるほど、臭い、クサヤが食べたい。


手技の話から、ここまで、飛んだ。