国を愛して何が悪い239

さて、北山の金閣寺、東山の銀閣寺時代に渡り、将軍を取り巻いていた、同朋衆たちの、目利きが、中国伝来の文物を巡り、どのような鑑賞眼を発揮したかを、考えると面白い。


大工、庭師、陶工たち、造型や茶の湯について、どんなことを語ったのか。


その彼らの大部分は、卑賎の身分である。

つまり、民衆であると言える。


亀井も、そこは、

室町精神史の最も大切な面として注目したいのである。

と、言う。


能に関する秘伝の大部分は、世阿弥個人の努力の結晶にはちがいないが、さきに音声と仮面の場合に指摘したように、幅広い民衆の精神生活を背景としているわけで、「民衆の思想形成」で述べたところと、地盤をひとしくしていたことを看過してはなるまい。

亀井


再度、世阿弥に戻る。

次は、世阿弥の危機感である。


世阿弥は、すでに、その当時の能に、危機意識を持って対処していた。

恐るべきことである。

それは、能が廃れるという、感慨である。


そもそも、風姿花伝の条々、大方外見の憚り、子孫の庭訓のため注すといへども、ただ望む所の本意とは、当世、この道の輩を見るに、芸のたしなみはおろそかにて、非道のみ行じ、たまたま当芸に至る時も、ただ一夕のけせう、一旦の名利に染みて、源を忘れて流を失ふ事、道すでに廃る時節かと、これを嘆くのみなり。然れば、道をたしなみ、芸を重んずる所、わたくしなくは、などか其の徳を得ざらん。

風姿花伝


恐るべき、感性とも言うべきか。


義満の庇護の元で、観世一座が、隆盛を極めている時に、これが書かれたのである。


同時の、申楽、田楽師たちが、好色、博奕、大酒に耽っていたことは、三重戒として、風姿花伝の冒頭に書かれている。


道すでに廃る時節・・・

修練の止まるところ、すでに、芸の転落を意味する。


あるいは、美意識の危機観である。


能の大成者といわれる、世阿弥の心境を考えると、すでに、当時、能楽が廃れ始めていたということだ。

それでは、現代に続く、能楽は、いかがなものか。


現代能の批判については、省略する。というより、私は、鑑賞しない。

能楽は、世阿弥で終わったという、意識である。


能楽堂で、能楽を見る気がしないとも、言う。


能楽師たちは、能楽堂の敷居が高い云々と言い、多くの人に、なんとか、こんとか、と言うが・・・

説明は、いらない。

すでに、終わった芸である。


何せ、世界遺産になっつた時点で、完全に終わった。

それは、彼らの意識である。

決して、卑賎な者どもとは、考えていない。

芸術家として、高いプライドを持って当たる。


それで、いいと、私は思う。


現在、伝統芸といわれるものは、大半が、室町期からのものである。

精々、600年程度の歴史である。

伝統とは、言えない。

伝統というには、千年が必要である。


能楽という芸が、時代によって、変容したものを、私は見る。


しかしある「時期」だけを指すのではあるまい。「道すでに廃る時節」とは、父の観阿弥以来、常につづいていたとみて差し支えあるまい。「花伝」の心得をみればあきらかだ。修練の止まるところ、直ちに芸の転落を意味した。信仰の継承における危険とひとしく、芸の継承における危険に絶えず直面していたということだ。この場合必要なのは、厳格無比な美のための戒律であろう。

亀井勝一郎


その世阿弥の、心意気を考えない訳ではないが・・・

それでは、現代の能楽は、どの程度なのかと、考える。

いや、考えないでおく。


語にも及び難し、その風を得て、心より心に伝ふる花なれば、風姿花伝と名く・・・


風の姿の、花伝である、という意味か・・・

世阿弥は、文学者、言葉語りが良い。


それを、能楽に云々とやらぬことだ。


芸は、一代で終わる。

その後を継ぐものは、その人の芸なのである。

確かに、芸術に寄与するという、生き方は、出来る。


人間は、それほどの者である。


だから、その時、その時の、芸が、輝く。

伝承とは、伝統である。

伝統とは、いつも、新しいのである。


不易流行、である。

ただし、世阿弥の危機意識は、万全である。


芸を成す者は、皆、この危機意識を抱くはずだ。


以心伝心と言ってみたところで、どうにもならない芸の秘密がある。その秘密を隠すのではない。実はそれを伝えようとして、伝えることに絶望を感じた場合もあったということだ。これが秘伝の意味である。世阿弥だけのことではない。たとえば「幽玄」の一語をめぐって、俊成以来、どれほど解釈や感じ方の上で紛糾してきたか。

亀井


つまり、長生きし過ぎたのである。

短命であれば、その危機意識を書きつける、暇もない。

秘伝も、死ぬまでの暇潰しだったのである。


別エッセイ、生きるに意味などない、を参照のこと。