例えばイランで起こる事件やアラブ社会で起こる事が、日本人の日常生活にそのまま響いてくる。遠いアフリカの片隅の事情が、たちまち日本人の思想に反響を引き起こす。そんな世界に生きている我々は、世界中の様々な国々を一種の統一体にまで結びつける「地球的」靱帯の重みを、ことごとに感じずにはいられないのです。
筒井
果たして、そのように考えている人は、どの程度いるのか・・・
自分の環境の中での、事件のみに振り回されているだけであろうと、私は思う。
それほど、意識は、高くないはずである。
だが、上記のように書かれると、その気になる。
そして、洗脳される。
どんな洗脳か・・・
私たちは、世界の一員であり、世界に向けて、私の存在が意味のあるものであると、なる。
更に、それにより、支配されることになる。
前回書いた、地球温暖化などが、いい例である。
あらゆるものが、互いに密接に結び合わされている。全存在界を重々無尽の相互関連の網として表象するのは、決して原子物理学の世界像や大乗仏教の華厳哲学だけではありません。もっと世俗的な生活に密着する領域ーー例えば経済、政治、法律というような存在領域ーーでも、我々はあらゆる事物、事象の相互関連、相互依存性をいやでも認めざるをえないのであります。
筒井
原子物理学、華厳思想・・・
もう、この言葉が出てくると、解らなくなる。
それも、思想家の手である。
何せ、原子物理学、大乗の華厳の教義など、誰も知らない。
知る人しか、知らないのである。
そして、もし、私が、華厳の思想を説くとしたら、また、延々と、その説明が必要になる。
確かに、世界は、複雑奇怪になっている。
だが、実は、単純なものである。
それは、支配する者を知れば、いいだけの話。
誰が、世界を支配しているのか、である。
現在は、いや、あの大航海時代から、今に至るまで、キリスト教白人が、支配している。
それが、また、野蛮、極まりない、やり方である。
その一つの例が、国連という組織である。
国連と聞くと、日本人は、善なる世界組織と、即座に信じるように、仕込まれた。
ところが、国連は、日本と戦争して勝った国々が創った、世界的組織である。つまり、戦勝国の組織で、日本は、単に平和組織として、騙されている。
国連の支援活動と聞くと、善と思う日本人が大半である。
国連が、支援をした・・・
それだけで、安心する。
それでは、一つの例を上げると、イギリス、アメリカが、支援と称して出掛けるアフリカ等の、国々で、何をしているのか、である。
資源獲得のために、支援と称して、武器弾薬を運ぶ。
イスラム国という、野蛮な団体があるが、それを攻撃していたはずの、米英は、彼らに、武器弾薬、果ては、その兵士たちを、運んでいた。
それを、知った、アラブの女性記者が、告発する前に、突然、車で引き殺されたのである。
それを知ってのことか、どうか知らないが・・・
日常生活の瑣末事にかまけて、我々は普段はそれをはっきりと意識しておりませんけれども、ちょっとひるがえって反省してみますと、「地球社会」という観念が、我々の経験、我々の現実の生活そのもののなかに織りこまれていることに気づきます。
筒井
その通り、現実の世界つの中に、織り込まれている、らしい。
だが、それが、どうした・・・
それを知っても、無力、無意味である。
何せ、何も出来ないのである。
何を持って、行為すれば、いいのか。
私は、フィリピン、ミンダナオの、カガヤンデオロという、台風被災地に出掛けて、支援をした。
その前に、国連が緊急支援をしていて、大層な支援物資が届いているとのことだった。
日本のマスコミの、報道である。
ところが、現地に出掛けて、衣類中心の支援をした際に、現地の人に、国連からの支援物資は、どうかと、尋ねた。
すると、そんなものは、何も無い。被害当日、街の警察から、パン、ペットボトルの水を一本貰っただけと、言った。
では、国連の支援は、嘘か・・・
いや、支援は、したらしいが・・・
その支援物資が、無くなった。どこに消えたのか・・・
解らない。
呆れた。
そして、国連ユニセフ、国連高等弁務官等々・・・平然としている。
勿論、マスコミに出る際は、何事かをしているが・・・
見えないところで、何をしているのか、解ったものではない。
ところが今や世界は「狭い」空間となり、そのなかで人間の異なる集団とその文化とが、従来経験されることのなかったような形で接近し、接触し、緊密に関係し合うようになった。
筒井
それが、どうしたというのだ。
思想家は、問題意識があるが、その真実に辿り着けないというのが、人類の経験である。
原子物理学、大乗の華厳思想・・・
それから、東洋思想のお話しが書かれるが、読み進めると、矢張り、それが、どうしたと、なるのである。
生きるに意味などない、のである。