生きるに意味などない164

こうして今や、均一化した、すなわち、独自性を失った生活環境が、我々のまわりに急速に形成されてゆきます。・・・

これは単に人間の外的な生活様式が画一化されるだけのことだけばなく、そのような画一化された生き方で存在する人間のものの見方も、ものの感じ方も、つまり、人間の内面構造が画一化され平均化されていくということです。溌溂たる生気を欠く、無気力な一様性のメカニズムが人間存在を支配するようになり、それが生み出すニヒリスティックな雰囲気のなかで、人間疎外という現象が起こって来る。

筒井俊彦 意味の深みへ


そんなことは、私が子供の頃から、言われていたことである。

人間疎外という、意味付け。


科学技術が生成発展することは、そういうことだということだ。


そして、更に、読み進めると・・・


ここで人間疎外というのは、先づ人間が自然(母なる大地)との内密な本来性を失って自然から疎外されていくこと、次にもっと恐ろしいことには、本来の自分自身、すなわちカール・ユングのいわゆる「自己」から疎外されてしまうこと、そういう意味での人間の自己喪失であります。

 

とのことだ。

 

この人は、我々はと、言うが、それは、自分のことであろう。

そのように、考えない人たちもいる。

 

更には、人間疎外などとの、認識の無い人たちもいる。

 

これも、意味付けの、癖である。

哲学者、思想家は、そうして、意味付けをして、生きている。

 

自己喪失とは、自己疎外ということである。

 

つまり、狂っている。

だが、その狂いを意識しない。認識しない。

 

そうなると、この世は、病院となる。

精神疾患の人間の、病院のようなもの。

 

果たして、そのように、意味付けしていいものなのかと、私は問う。

 

人間の真の実存的中心点としてユングの考える「自己」は、東洋では古代インドのヴェーダーンタ哲学などて「アートマン」の名で議論を重ねられたものに大体において該当するものでありまして、人間の内部で働く宇宙的生命の創造的エネルギーの原点とでも考えたらいいと思います。

それは個人としての人間実存の中心であるばかりではなく、他者、すなわち自分以外の他のすべての人々、他の一切の存在者と自分とがじかに触れ合い、そこに緊密な間主観的統一態が即座に成立することを可能にする枢要な原理です。

筒井 改行は私

 

しようもない、説明である。

 

その定義を、受け入れよ、というのである。

 

この、自己に対するものとして、自我という言葉がある。

自我とは、エゴである。

 

つまり、自己が失われれば、自我のみになる。

 

エゴは、ご承知のように、ユング心理学では、人間の表面的領域、実存の表層の中心点です。

筒井

 

エゴも、なくてはならないもの。

だが、エゴが自己から、完全に切り離されて、孤立した働き出すということが、問題なのである。

 

それが、自己疎外、自己喪失という意味である。

 

そしてまた、ここにこそ現代的状況における人間実存の深層的危機の根源がひそんでいるのだと私は考えます。

筒井

 

問題意識の、問い掛けである。

 

危機意識を覚えるのは、人間として、当然のことだ。

勿論、危機意識皆無の場合もある。

 

子供などは、危機意識皆無である。

 

それは、保護されて生きているから、問題がない。

だが、大人でも、危機意識皆無の人たちがいる。

 

信仰、宗教団体にいる人たちである。

 

救われているという、安心感。

それが、危機意識を皆無にする。

つまり、洗脳である。

 

だが、その前に、私は、その危機意識を抱く必要があるのかと、問う。

 

勿論、哲学者の筒井氏の、問題提起は、有意義である。

ただし、私は、生きるに意味などない、という立場から、言う。

 

そこから派生する、問題意識に、多くの人が本当に、影響をうけるのかということである。

 

要するに、心配のし過ぎである。

 

だが、言葉の世界とは、その、心配を更に、心配するというところから、始まる。

 

それを、意義の深さとか、意味の深さと思う心の、哀しさである。

 

本当は、そんなものは無いが、あると仮定して、心配する。

すると、そこに思索の深さがあるように、錯覚する。

 

この、錯覚が、意味意識の、源になる。

 

錯覚、妄想が、人間の意識を、作り上げて来た経緯がある。

それが、人類の歴史である。

 

あくまでも死ぬまでの、暇つぶしであると、私は言う。

 

言葉によって、翻弄される人間の、性、サガである。

 

それは、本能を失って、そのように、なった、経緯がある。

本能を、別もの、代わりのもので、補うのである。

それが、智慧だ。