日々の言い分444

しかし、裁判が終わって一年半後、マッカーサーは米国大統領トルーマンに次のように告白した。


「この裁判は間違いだった」

突然一体どうしたのか…?


その真意が判明するのはさらにその翌年…


昭和26年5月3日から5日にかけて、アメリカ合衆国議会上院の軍事外交合同委員会で行われた、米国の極東政策をめぐってのマッカーサー証言によってである。


マッカーサーは次のように証言した。

ダグラス・マッカーサー

日本は絹産業以外には、固有の産物はほとんど何も無いのです。彼らは綿がない、羊毛がない、石油の産出がない、錫がない、ゴムがない。その他実に多くの原料が欠如している。そしてそれら一切のものがアジアの海域には存在していたのです。


もしこれらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が生まれるであろうことを彼らは恐れていました。したがって彼らが戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が「安全保障の必要に迫られて」のことだったのです。

「日本の侵略」を裁くとして始まった東京裁判…


この裁判は、どこの国の裁判管轄にも属さずに、どこの国の法律にもよらずに、マッカーサーの権威で行われたもの。しかし、その最高責任者であったマッカーサーが自ら「あれは日本の自衛・生存のためだった」と証言し、自らの過ちを認めたのである、、、


当時のアメリカ・ニューヨークタイムズがこの発言を報じた。


ところが日本のマスコミは、このニュースを一切報道しなかった。彼らはアメリカで、その記事が出ていることを知らなかったわけではない。


朝日新聞の縮刷版を見れば、マッカーサーが証言したことについての記事はきちんと出ている。だが、日本のマスコミは、マッカーサーが「日本は自衛のために戦った」と証言した部分を省いて報道した。


あえて善意に解釈すれば、当時はまだ占領軍がいたから「その部分は省け」と命令された可能性はある。ならば、その翌年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は主権を回復しているのだから、マスコミはその時点で、「実はマッカーサーはこんなことを証言していた」と報道していいはずだった。


しかし、日本が独立を回復して以降も、今日にわたって新聞や地上波のテレビがマッカーサー証言を取り上げたケースはない…いや、それどころか多くのマスコミが東京裁判の判決を、そのままコピペしたような「日本は侵略国」という見方から逃れることはできない…

東京裁判の検証は、ずさんに放置されたまま

東京裁判で日本人弁護団・副団長を務めた清瀬一郎弁護士は続けて次のように述べている。

この裁判の最中に、毎日流されていった法廷記事なるものは、半分は嘘であった。司令部が新聞を指導し、いかにも日本が悪かったのだ、日本軍は残虐行為ばかりをしておったのだと、日本国内は無論のこと、世界の隅々にまで宣伝した。しかも我が方としては、これに対抗する手段は封ぜられていた。判決は下されても、判決批判は一切禁ぜられていた。

それゆえ、世間では、日本の旧軍人は、戦時中敵国俘虜の虐待や、婦女の陵辱ばかりしておったのかしら、日本政府は強盗やギャングのような侵略戦争の共同謀議ばかりしておったらしい、マッカーサーは偉い、マッカーサーのおかげで天皇陛下は戦犯とせられず、お助かりになったのだ。というような感想を国内に生みつけてしまった。ほんとうはかかる感想は大いにあやまっておるのだが、しかしこれが誤解だとばかりいっても、それだけでは、今では世間は信用しない

実際、日本のジャーナリズムは戦後も、東京裁判についてまともに取り上げようともしませんでした。


法律家も、官僚も、文化人と称する人々も、むしろ裁判の結果を当然の帰結として受け入れ、死者に鞭打つごとく、いたずらに、過去の自分たちの指導者を責めることに心血を注ぎました。

当時はまだ巣鴨プリズンに約800名のBC級戦犯が幽閉されていた頃、、、その中には無実の犠牲者も少なくありませんでした。


シベリアには〝戦犯〟という名において、何十万という日本人が鉄鎖につながれ、重労働にあえいでいました。


祖国のために戦った、私たちの直接のおじいさんたちが…です。


不当に虐げられたこれら人々は、本当に戦犯の名に値するものだったのでしょうか?


そしてその家族は、ただでさえあの敗戦直後の焼け野原で貧しい生活を送っていた中、、、権力追随の事大主義的ジャーナリズムは、その家族に追い打ちをかけるように耐え難い屈辱と悲惨な生活を強いました。


この一番の被害国である日本において、政治家も法律家も学者インテリもジャーナリストも、戦犯問題を真正面から取り上げようとはせず、むしろこれらの気の毒な仲間に、石を投げるような態度に終始していたのです。


昨日まで軍部に迎合していた、いわゆる文化人も官僚も、たちまち豹変して、占領政策を謳歌し、軍部の悪口を並べ立てました。日本の伝統や権威までも抹殺して、占領政策の片棒を担ぎ始めました。日本の教育は根底から覆され、歴史や道徳は教えることさえ禁じられました。国語や理科の教科書までが、墨で塗りつぶされ、教育制度そのものまでが改変させられてしまいました。


そんな影響が、今日までなお尾を引いているのは、むしろ当然ではないでしょうか?


上記の書き込みを読んで・・・


それが、敗戦利得者と呼ばれる人たちによって、今の今まで、続いているのである。

敗戦利得者とは、敗戦によって、GHQから、お金を得ていた人たちである。


それが、いまも続いているということだ。

以下、省略する。

別エッセイ、玉砕、を参照のこと。