国を愛して何が悪い246

「仏祖の言語すら多般を好み学ぶべからず」随聞記

始祖たちの語録とか公案すら、多くを好み学んではならないということである。この心を撤してゆけば、「ひたすら坐禅」となる。捨てうるかぎりのものを捨てて、「ひたすら念仏」「ひたすら唱題」という鎌倉仏教の始祖たちに共通した「専心」「易行」のかたちになる。

亀井


亀井は、鎌倉仏教の改革の祖たちを基準にして、室町期の仏教を判定する。

それは、それで、また有意義なものであると思う。

が、一つの堕落でありつつも、一つの、ある面では、盛況でもある。


つまり、室町禅の芸術活動である。

亀井は、信仰のまともさを追及するが、私は違う。


信仰の極みを求めても、それは最後に、己、自己の問題になる。

全体を俯瞰する時、それぞれの、宗派の始祖たちの云々とは、別物である。


と、言っても、精神史研究であるから、致し方ないともいえる。


これから、亀井の言い分を簡潔に紹介する。


幕府の庇護のもとに、官制化した、鎌倉室町五山禅林の示したところは、完全な逆転であった。


夢窓疎石は、文章をよく書き、造寺作庭にも熱心で、禅の美学化に尽くした、代表的人物である。


また、義堂は、室町禅林で最大の、漢詩集「空華集」を残した。


僧でありながら、儒者同様の人も少なくなかった。


この矛盾はどこから来るか。つまり「不立文字」を根本とする禅が、言語表現において一種の逞しさをもってあらわれるのはなぜかという問題がある。

亀井


別エッセイ、神仏は妄想である、にて、これについては、多くを書いているので、省略する。


不立文字という精神が、何故に、ここまで語るのかということは、以心伝心以外にないということで、言語表現のある極致、極限に自己を置く時だ。

そこで翻弄される清新の冒険と練磨に、魅せられたからだと言ってもよい。禅問答や公案における表現の飛躍性と象徴化にそれが端的に出ている。ある場合は、独自の呪文ともなる。転じて詩文そのものに陶酔してゆくという結果にもなるであろう。

亀井


それは、つまり、信仰か、芸術かとの、戦いであるとの、亀井の問い掛けである。


そこで、それが、惰性となれば、明らかに、堕落である。

そして、その惰性が、室町期の禅僧に見られるということだ。


ここでもう一つ、亀井が書かないことがある。

それは、室町禅林の男色である。


それ以前から、僧侶の稚児遊びがあったが・・・

室町期の男色は、男色そのものに、陥る。


公家、武家よりも、禅林での、男色行為が多く、盛んだったということだ。


当時の僧侶は、まだ、独身を貫く者が多数。

その後、親鸞のように、妻帯する者が、江戸時代には、当たり前になる。


その、僧侶たちの、堕落振りは、現在も続いていて、呆れる程である。

現在は、男色のみならず、女色である。


妻を持ちつつ、愛人を作るという、僧侶の多数。


それは、僧侶の僧兵集団から、様々な寺院における関係まで、多数である。


室町期は、その頂点に達する勢いである。

それが、精神に与えたものは、何と問うことが出来るが、それを成した、歴史家は、皆無である。


まあ、すでに、空海の時代から、当然にあったことである。何も、驚くに当たらないが・・・


私は、疑問に持っている。

禅林の中で、盛んに行われた、男色行為が、もたらしたものとは・・・

だが、あまりにも長くなりそうなので、一度、終了しておく。


ところで五山禅林を評価する場合、私はいま「転落」という言葉を使ったが、そうなった背景は決して単純なものではない。「転落」でなく文化上の「豊穣」とみなすことも可能だ。そういう一面があるのである。いや、それだけを高く評価する人だってある。

亀井


評価する一人は、私だ。


現在の日本伝統文化と言われるものは、多く、室町期のものである。

例えば、能楽は、田楽、申楽から出た。


そして、世阿弥によって、大成されたと言う。

華道、茶道、その他の、作法も、この時代である。


まだ、650年程度の間である。


この時代の、仏教は、推古天皇以後から、800年程を経ている。

すでに、仏教が伝統といえるまでになっている。


亀井が提示するのが、そこで、日本人固有の密教型思考である。


それは、空海の、大日如来信仰が、大きな役割を果たしたとの見解である。


森羅万象のなかに偏在する根源仏であり、その生命力を秘密荘厳心と名付け、あらゆる仏、菩薩や造形美や詩文をもこの秘密身の顕現とみなして曼荼羅のうちに包摂した。第一義の道と第二義の道との区別は撤去さつれる。同時に日本固有の「神ながら」の道とも密着して行ったことを注目したい。

亀井


この問題を解くことによって、日本人の密教型思考法を見ることが出来ると、亀井は、考えている。


すべてのものを、神々と呼んだ、「神ながら」の道に、仏教側から理論的基礎を与えた。

密教の「語密」は「神ながら」の「言霊」と微妙に結びつけて、産土信仰と、言霊信仰と、密教を合併させた空海である。


そこに生じた無限の包容性と雑修的精神を、私は「密教型思考」と名付けたのであった。禅の享受に当たってもこれが強く作用してくる。戒律のきびしさよりは、芸術や学問の摂取の方に傾いてゆくのはそのためである。罪悪感よりは、自然観とか無常感「美感」の方へ傾いてゆくのもそのためである。

亀井


そして、外来文化への対し方である。

そこで、密教型思考が具体性を帯びる。更に、その面目を発揮するという。


そこで、冷や水を浴びせるようだが、亀井の推測に、セーブを与える。

日本人の特有の考え方は、森羅万象が神々であり、実は、人間も神であるという、意識である。


万葉集によれば、人間も、霊であるとなる。

霊は、神である。

ただし、ここで使う、神という文字は、幽の方が、当たっている。


日本は、幽々、かみがみの国である。