国を愛して何が悪い247

仏教伝来と、七世紀から九世紀まで、三百年間に渡る唐文化摂取とは、実質的に、古代最大の、文明開化である。


このときの多様性に対応する思考力が、空海の密教信仰によってかたちを与えられたわけである。同時に空海の信仰とは、民族変貌の詩であった。彼が弘法大師の名で不朽の生命を得たのはこのためである。

亀井


外来文化の摂取という点では、唐に続いて、宋、元、明との接触である。

その中で、禅は、最も斬新な思想であった。

それは、第二の、仏教伝来ともいえる。


当時の中国の詩文、建築様式、絵画、工芸品、陶磁器、喫茶の法、等々、日本の中世期以後の文化形成にとっては、決定的な要素となったといえる。


室町期の禅は、第二の仏教伝来と言えるが、私は、実は、その禅の思想は、老荘思想の言葉により、理解されたと考える。


つまり、中国に入った、禅の思想が、老荘思想の考え方により、解釈されと言う。

だから、それは、老荘思想の兄弟である。


日本の禅を知るためには、老荘思想の素養が必要であると、言う。


さて、航海術の進歩、船舶の充実、貿易の隆盛により、来朝僧、そして、彼の地への、留学生の数は、奈良朝の比ではない。


この時代における、外来文化摂取の一大母体が、鎌倉と室町の五山であった。


日本人の、知的好奇心の有様を見るのである。


その後は、織田、豊臣時代の、ヨーロッパ文化に対する、摂取も見逃せない。


むろん欠陥や矛盾は避けられないのだ。空海にあってはきびしい「行」を伴った純一な大日如来信仰も、神ながらと密着しつつ時代を経るにつれて、無拘束性をあらわにしてくる。雑修のうちに自己を喪失し、無限の妥協をもたらしたということで、密教型思考の頽廃というこの伝統も忘れてはならない。

亀井


この、無拘束性とは、実は、日本の精神にある、もののあはれ、と私は言う。


その、無拘束性ことが、日本精神の命である。


亀井は、危機意識においての、無拘束性だと言うのだろうが、私は、別の意味に取る。


廃頽というより、元に戻ると、考えるのである。


日本人の信仰、思想の伝統をかへりみたとき、最悪のものは何であったか。端的に言って私は神仏習合思想、本地垂迹説だと思う。日本人のその後の思考力の欠陥のこれが原型である。すでに奈良朝末期からみられるが、「神ながら」と「仏法」という本来相容れない筈の異質の信仰を、無拘束に妥協させ融和させて平然たることほど奇怪な現象はあるまい。

亀井


いや、違う。

陰陽の考え方で見ると、私は、「神ながら」は陽であり、「仏法」とは陰であると、見ている。


勿論、神仏習合ということは、ある種の、思考の堕落かもしれないが、日本人の精神の強さともいえる。


影というものを、知らなかった日本人が、仏教によって、思想的に、影を知ったと言う。


影が深ければ、陽は、更に、輝く。


インドの仏教は、結果的に、陰の宗教となった。

その一つの行為に、仏陀の、夕日を眺める、行がある。


日本人の太陽は、朝日であるが、インド仏教の太陽は、夕日だった。


ただ、それだけの違いであるが、その、違いが、大きいのである。


本地垂迹説とは、仏と神との融合である。

空海は、それを行った。


大日如来と、天照大御神とを、融合させた。

だが、元々、大日如来は、太陽である。


もし、太陽ではないというならば、単なる、妄想の産物である。

人間が好む、言葉遊びの一つである、思想的存在、私に言わせれば、幻想、妄想の類を創り上げたと言う。


信仰と思考に必至の対決能力、したがってまたきびしい拒絶力を衰弱させこれが根本の原因ではなかろあか。

亀井


信仰と、思考に必至の、対決とは、西洋の思想から影響を受け過ぎたきらいがある。


神の存在の明確さを求める民族と、神々の世界の日本民族との違いである。


亀井は、味噌も糞も一緒だ、と言う如くであるが、私は、違う。


対決するほどのものが、信仰にはあるのか、と問う。

それは、極めて、個人的な情緒であると、何度も書いた。


それによって、作り上げられた、思想、あるいは、神学なるものを、私は、適当にあしらう。


思想家としての、亀井として判断するならば、言葉の世界の厳しさを、信仰の世界の厳しさと同じくと、考えたのだろうが。


何せ、曖昧、つまり、たゆたふ、心を持つ日本人である。


亀井は、平安期の女房文学で、その、たゆたい、たゆたふ心を、とても、評価していたような気がする。


人生が、ゆくりなく、流れてゆくものだとは、日本人の考え方である。


別エッセイ、生きるに意味などない、を参照のこと。


果たして、問い掛けることがある程の、人生、人間の存在なのかということと、問い掛けても、答えが出ない問いを、どう生きるのかという、お話しになる。


亀井は、室町期の禅林の有様に、不満なのである。

それは、信仰に対する、鎌倉仏教のような、力が無いと、考えているからだ。


それは、時代性と、時代精神の話である。

勿論、比較することは、悪い事ではないし、また、そこからの思索も、死ぬまでの暇を潰すにはいいことだ。