もののあわれについて977

その日は、「きさいの宮なやましげにおはします」とて、誰も誰も参り給へれど、御かぜにおはしましければ、「ことなる事もおはしまさず」とて、おとどは昼まかで給ひにけり。中納言の君さそひ聞こえ給ひて、ひとつ御車にてぞ出で給ひにけり。こよひの儀式、いかならむきよらをつくさむ、と、思すべかめれど、かぎりあらむかし。この君も、心はづかしけれど、したしき方のおぼえは、わが方ざまにまたさるべき人もおはせず、物のはえにせむに、心ことにおはする人なればなめりかし。例ならずいそがしくまで給ひて、人の上に見なしたるをくちをしとも思ひたらず、なにやとやともろ心にあつかひ給へるを、おとどは人知れず「なまねたし」と、思しけり。





その日は、お后、明石の中宮が、具合が悪いとのことで、誰も誰も、参内されたが、お風邪でいらしたので、格別のご容態でもないとのことで、右大臣は、昼の内に、退出なさった。

中納言の君、薫を誘いになり、一つの車でお出になった。今夜の儀式は、どのような趣向を尽くすかと思いだが、それにも限界があるだろう。薫の君も、気が引けるが、親しい人と思われることでは、自分の一門に、他には適当な人もいない。

祝宴の引き立て役をするのに、格別優れた方だからだろう。いつもに似ず、忙しく退出なさり、六の宮を、人のものにしたことを、残念とも思わず、何やかやと、一緒になって、お世話されるのを、右大臣は、内心、しゃくだと思うのである。





宵すこし過ぐる程におはしましたり。寝殿の南の廂、東によりておまし参れり。御台八つ、例の御皿など、うるはしげに清らにて、餅まいらせ給へり。めづらしからぬこと書きおくこそ憎けれ。おとど渡り給ひて、夕霧「夜いたうふけぬ」と女房してそそのかし申し給へど、いとあざれて、とみにも出で給はず。北の方の御兄弟の、左衛門の督、藤宰相などばかりものし給ふ。





夕方少し過ぎるころ、お出であそばした。

寝殿の南の廂で、東よりに御座所を差し上げる。御台八つ、おきまりのお皿など、見事にきれいにして、その他に、小さい台二つに、花足の皿を何枚も、華やかにさせて、餅を差し上げた。

珍しくないことを書き置くとは、いけませんね。

右大臣がお渡りになり、夜が大変更けた、と女房を使い、ご出席を促すが、酷くふざけて、すぐには、お出にならない。北の方のご兄弟、左衛門の督、藤宰相などたけが、控えている。


めづらしからぬこと書きおくこそ憎けれ。

作者の言葉である。




からうじて出で給へる御さま、いと見るかひあるここちす。あるじの頭の中将、盃ささげて御台まいる。つぎつぎの御かはらけ、ふたたびみたび参り給ふ。中納言のいたく勧め給へるに、宮すこしほほえみ給へり。「わづらはしきわたりを」と、ふさはしからず思ひて言ひしを、思し出づるなめり。されど見知らぬやうにて、いとまめなり。ひんがしの対にいで給ひて、御供の人々もてはやし給ふ。おぼえある殿上人どもいと多かり。四位六人は、女の装束に細長添へて、五位十人は、みへがさねのからぎぬ、裳の腰も皆けぢめあるべし。六位四人は、綾の細長、袴など、かつは限りある事を、あかず思しければ、物の色、しざまなどをぞ、きよらを尽くし給へりける。めしつぎ、とねりなどの中には、みだりがはしきまで、いかめしくなむありける。げにかくにぎははしく花やかなることは、見るかひあれば、物語などにも、まづ言ひたてたるにやあらむ。されど、くはしくは、えぞ数へ立てざりける、とや。





やっとのことで、出ていらしたお姿は、お世話のしがいがある気持ちがする。主人役の頭の中将が、盃をささげて、お膳を勧める。次々の、御土器を、二度三度召しあがる。

中納言が、盃を盛んに勧めるので、宮は、少し微笑まれる。煩いところだが、と、自分には不適当と思っていたが、思い出したらしい。しかし、気付かない振りで、真面目である。東の対にお出になり、お供の人々を持て成す。評判の良い殿上人が、大勢いる。

四位六人には、綾の細長に袴など、一方では、限りがあることを、不満に思い、衣の色合い、仕立てなど、出来る限り綺麗にされた。

召次、舎人などの中では、度をはずすと思うほど、立派だった。このように、賑やかで、華やかなことは、見るかいがあるから、物語などにも、何より先に、言い立てたのだろうか。しかし、詳しくは、数え上げられなかったとか。


最後の言葉は、作者の言葉で、言い分である。





中納言殿の御ぜんのなかに、なまおぼえあざやかならぬや、暗き紛れに立ちまじりたりけむ、帰りてうち嘆きて、「わが殿の、などおいらかに、この殿の御婿にうちならせ給ふまじき。あぢきなき御ひとりずみなりや」と、中門のもとにてつぶやきけるを、聞きつけ給ひて、「をかし」となむ思しける。夜の更けてねぶたきに、かのもてかしづかれつる人々は、ここちよげにえひみだれ、寄り臥しぬからむかし、と、うらやましきなめりかし。





中納言、薫のご前駆の人の中に、あまり待遇がよくないのか、暗い物陰に立っていたと見えて、帰り、嘆いて、供人が、うちの殿様は、どうしておとなしく、この殿の婿君にならないのか。つまらないお独り暮らしだと、中門のところで、ぶつぶつ言っていたのを、お耳にされて、おかしく思う。

夜が抜けて、眠たいのに、あの大事にされた宮様の供人たちは、気持ちよさそうに酔っ払い、その辺りに、寝てしまったのだろうと、それが、羨ましかったのだろう。


薫の、笑いの中に、下男への愛情が込められている。


婿は、匂宮で、六条の院に泊まる。供人も、一緒に泊まることになる。

薫は、邸に戻るので、眠たいのだ。