もののあわれについて979

宮は、女君の御ありさま、昼見きこえ給ふに、いとど御心ざしまさりけり。大きさよき程なる人の、やうだいいときよげにて、髪のさがり頭つきなどぞ、ものよりことに、あなめでた、と見え給ひける。色あひあまりなるまでにほひて、ものものしくけだかき顔の、まみいと恥づかしげにらうらうじく、すべて何ごともたらひて、かたちよき人と言はむにあかぬ所なし。はたちに一つ二つぞ余り給へりける。いはけなき程ならねば、かたなりにあかぬところなくあざやかに、さかりの花と見え給へり。限りなくもてなしかしづき給へるに、かたほならず。げに親にては、心もまどはし給ひつべかりけり。ただ、やはらかに愛敬づきらうたきことぞ、かの対の御方は先づ思ほし出でられける。物宣ふいらへなども、はぢひたれど、またあまりおぼつかなくはあらず、すべていと見どころ多く、かどかどしげなり。よき若人ども三十人ばかり、わらは六人、かたほなるなく、さうぞくなども、例のうるはしきことは目なれて思さるべかめれば、引きたがへ、心えぬまでぞ好みそし給へる。三条殿ばらのおほい君を、東宮に参らせ給へるよりも、この御ことを、ことに思ひおきて聞こえ給へるも、宮の御おぼえありさまがらなめり。





匂宮は、女君の御姿を、昼間御覧になり、一層、愛情が深くなった。体つきが、丁度良い人で、座った姿が、とても綺麗で、髪の下がり具合、頭の形などが、他より格別で、見事だと見える。顔の色艶は、とても赤味がさして、堂々とした気品ある顔で、目元は、こちらが気が引けるほど美しい。何から何までそろっていて、器量が良い人というのに不足はない。二十を一つか、二つ越していらした。

子どもという年頃ではないから、未熟な不十分な点はない。派手やかで、今、花盛りという感じである。この上もなく、大事に育てたようで、整っている。いかにも、親の身として、無我夢中になられるはずである。ただ優しくて、愛敬があり、可愛らしいという点では、あの対の御方が、真っ先にお心に浮かぶ。何かおっしゃる変事なども、恥じらうが、といって、酷くはっきりしないのではない。あらゆる点で、とても取り得があり、頭もよい。立派な若い女房たちが、三十人程、童女が六人、整っていないものは無く、着る着物なども、いつも綺麗であるのは、珍しく思いにならないだろうから、逆に、感心しない程、趣向を凝らしている。

  • 殿がお産みになった、大君を、東宮に差し上げられた時よりも、今度の結婚のことを、特別に、お命じになるのも、宮様の、ご声望の、人柄によるものだろう。

対の御方とは、中の宮のことである。





かくて後、二条の院に、え心やすく渡り給はず。かるらかなる御身ならねば、思すままに、昼の程などもえ出で給はねば、やがて、おなじ南の町に、年ごろありしやうに、おはしまして、暮るればまた引きよぎても渡り給はずなどして、待ちどほなる折々あるを、「かからむとすることとは思ひしかど、さしあたりては、いとかくやはなごりなかるべき。げに心あらむ人は、数ならぬ身を知らで、まじらふべき世にもあらざりけり」と、かへすがへすも、山路わけ出でけむ程、うつつしもおぼえずくやしく悲しければ、「なほいかで忍びて渡りなむ。むげにそむくさまにはあらずとも、しばし心をもなぐさめばや。にくげにもてなしなどせばこそ、うたてもあらめ」など、心ひとつに思ひあまりて、はづかしけれど、中納言殿に文奉れ給ふ。中の宮「一日の御ことは、あざりの伝へたりしに、くはしく聞き侍りにき。かかる御心のなごりなからましかば、いかにいとほしく、と思う給へらるるにも、おろかならずのみなむ。さりぬべくはみづからも」と聞こえ給へり。





こうした後、二条の院に、気楽においでになれない。簡単に動けるご身分ではないので、思い立つ、昼などにお出かけになるということは、出来ないので、そのまま、同じ六条の院の南の町に、幼い頃住んでいたように、お出であそばして、暮れると、六の君を避けて、中の宮の方にも、お出でになる事が出来ず、中の宮は、待つばかりの日も、何度かある。このようになるだろうとは、思ったが、現実になっては、このように一変するのだろうか。

成程、考えのある人ならば、人並みでもない身を、考えもしないで、ここに入る生活ではなかった、と、繰り返し繰り返し、山路を分けて、宇治から出て来た時のことが、夢のようで、後悔され、悲しいので、矢張り、何とかして、こっそりと帰りたい。全く縁を切るという訳ではなくとも、暫く、心を休めたい。憎いように振舞えば、悪くもあろうが、そうでなければ、いいだろう。などと、自分の心に収めかねて、恥ずかしいが、中納言、薫に、お手紙を差し上げる。

中の宮は、先だっての事は、あざりが、伝えてくれました。詳しく聞きました。こういう御心をお忘れでなかったなら、亡き人は、どんなにお気の毒かと、思われます。深く感謝しております。できますならば、親しく、お礼を。と、申し上げる。




匂宮の、夜がれ、である。

つまり、中の宮の元に、訪れないということ。





みちのくに紙に、ひきつくろはずまめだち書き給へるしも、いとをかしげなり。宮の御忌日に、例のことどもいと尊くせさせ給へりけるを、よろこび給へるさまの、おどろおどろしくはあらねど、げに思ひ知り給へるなめりかし。例は、これより奉る御返りをだに、つつましげに思ほして、はかばかしくも続け給はぬを、「みづから」とさへ宣へるが、めづらしくうれしきに、心ときめきもしぬべし。宮の今めかしく好みたち給へるほどにて思しおこたりけるも、げに心ぐるしくおしはからるれば、いとあはれにて、をかしやかなることもなき御文を、うちも置かずひき返しひき返し見い給へり。御返りは、薫「うけたまはりぬ。一日は、聖だちたるさまにて、ことさらに忍びはべしも、さ思ひ給ふるやう侍る頃ほひにいなむ。なごりと宣はせたるこそ、少しあさくなりにたるやうに、と、うらめしく思う給へらるれ。よろづは候ひてなむ。あなかしこ」と、すくよかに、白き色紙のこはごはしきにてあり。





陸奥紙に、きちんとお書きになっているのも、見事だ。八の宮のご命日に、おきまりのことを、大変尊くさせたことを、喜んでいる様子が、いかめしくないが、本当に、身に染みていらっしやる。いつもは、こちらから差し上げるお手紙の、お返事さえ、きまり悪く思いになり、お書きにもならないのに、中の宮は、親しくお礼をとさえ、おっしゃるのが、珍しく嬉しいく、胸がドキドキすることだろう。

宮様が、派手で華やかな方に、心を傾けていらっしゃるので、中の宮に、ご無沙汰しているのも、本当に気の毒と思われるので、同情して、心ときめくことも無いお手紙を、下へも置かず、繰り返し繰り返し見ていらっしゃる。

お返事は、拝読いたしました。先日は、修行者のような恰好で、わざと、こっそりと参りましたのも、そう考える訳のございます時で。忘れずにと、仰せ遊ばしたのは、私の志が以前より、少し薄らいだように思いかと、恨めしく思います。何もかも、伺いましてから。あなかしこ。と、生真面目に、白い色紙の、ごわごわしたものに、書いてある。






さて、またの日の夕つ方ぞ渡り給へる。人知れず思ふ心し添ひたれば、あいなく心づかひいたくせられて、なよよかなる御ぞどもを、いとどにほはし添へ給へるは、あまりおどろおどろしきまであるに、ちゃうじ染めの扇の、もてならし給へる移り香などさへ、たとへむかたなくめでたし。





変事を出して、ひの翌日の夕方にお出でになった。心一つに考えるところあることだから、何となく、気遣いが酷くされて、着慣れぬお召し物に、一層の香を焚き染めていらっしゃるのは、あまりに、仰々しいほどであるし、丁字染の扇の、使い慣らされた移り香などさえ、たとえよえもなく、立派である。