もののあわれについて981

女、「さりや、あな心憂」と思ふに、なにごとかは言はれむ。物も言はで、いとど引き入り給へば、それに付きていと慣れ顔に、なからは内に入りて添ひ臥し給へり。薫「あらずや。しのびてはよかるべく思すこともありけるがうれしきは、ひかがみか、と聞こえさせむぞと。うとうとしく思すべきにもあらぬを、心憂の御けしきや」と怨み給へば、いらへすべきここちもせず、思はずに憎く思ひなりぬるを、せめて思ひしづめて、中の宮「思ひのほかなりける御心の程かな。人の思ふらむ事よ。あさまし」とあはめて、泣きぬべきけしきなる、少しはことわりなれば、いとほしけれど、薫「これはとがあるばかりのことかは。かばかりの対面は、いにしへをも思しけるこそ、なかなかうたてあれ。すきずきしくめざましき心はあらじと、心やすく思ほせ」とて、いとのどやかにもてなし給へれど、月ごろくやしと思ひわたる心のうちの、苦しきまでなりゆくさまを、つくづくと言ひつづけ給ひて、ゆるすべきけしきにもあらぬに、せむかたなく、いみじとも世の常なり。





女、中の宮は、矢張り、そうだったのか、嫌なこと。と思うと、何事か言えようか。

何も言わずに、一層、奥へお入りになるので、それに付いて、今が初めてではないように、半身、御簾の中に入り、中の宮の傍に横になった。

薫は、違いますよ。こっそりで良いように思いの様子もあったので、嬉しいのですが、聞き違いですか。と申し上げようとしてです。よそよそしく思いになるべきではありません。酷い、仕打ちですね。と恨むので、返事の出来る気持ちもなくて、案外、嫌な人だという気になるのを、無理に抑えて、中の宮は、思いもよらなかったお気持ちです。皆が、何と言いましょうか。呆れたこと。と蔑んで、泣きそうな様子が、少しは、無理もないので、気の毒とは思うが、薫は、この程度のことは、お咎めのあることでしょうか。これくらいの対面は、昔を思い出して下さい。亡くなった方のお許しもあったのに、とんでもないとは、かえって嫌なことです。どのようにしようと、驚かす気はないものと、安心されて下さい。と言って、ゆったりと構えていらっしゃるが、これまで残念と思い続けて来た心の中が、苦しいまでになって行くことを、途切れることなく、言い続けて、お放しになる様子もない。どうしょうもなく、辛いくらいでは、済まないのである。


二人の気持ちを書いているので、こんがらかる。





なかなか、むげに心知らざらむ人よりも、はづかしく心づきなくて、泣き給ひぬるを、薫「こはなぞ。あな若々し」とは言ひながら、言ひ知らずらうたげに、心ぐるしきものから、用意深く恥づかしげなるけはひなどの、見し程よりも、こよなくねびまさり給ひにけるなどを見るに、心からよそ人にしなして、かく安からずものを思ふこと、と、くやしきにも、またげに音は泣かれけり。





かえって、全く知らない人よりも、恥ずかしくて、いやな気持で、お泣きになったのを、薫は、なんとしたこと。ああ、子どもっぽい。と言いつつ、言いようもなく、可愛らしく、お気の毒とは思うが、注意が行き届いて、こちらが恥ずかしくなる程の感じがするのを、昔より、すっかりと大人になっていると、我心では、他人のものにして、こうも、煩悶することだと、改めて、泣きだす気持ちである。





近くさぶらう女房二人ばかりあれど、すずろなる男のうち入り来たるならばこそは、こはいかなることぞ、とも参り寄らめ。うとからず聞こえかはし給ふ御仲らひなめれば、さるやうこそはあらめ、と思ふに、かたはらいたければ、知らず顔にてやをら退きぬるぞ、いとほしきや。男君は、いにしへを悔ゆる心のしのび難さなども、いとしづめ難かりぬべかめれど、昔だにあり難かりし御心の用意なれば、なほいと思ひのままにももてなし聞こえ給はざりけり。

かやうの筋は、こまかにもえむまねびつづけざりける。

かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出で給ひぬ。





お傍に控えていた女房が、二人程いるが、何でもない男が入って来たら、これは、どうしたことと、お傍に寄るだろう。

いつも仲良く話し合っている、お二人のことだから、訳があるのだろうと思い、傍にいることも変なことで、知らぬ顔をして、そっと離れて行ったのは、気の毒なこと。

男君、薫は、昔を後悔する心の堪えるのも、耐え難くが、昔でさえ世にない、お気の配り方である。やはり、思うままに、どうこうしようとは、されないのだ。

このようなことは、細々とお話しできません。

甲斐も無いけれど、人目の悪いことを思うので、何やかやと、思い返して、お帰りになった。


最後は、作者の言葉である。

何とも、微妙な関係になったものである。


かやうの筋は・・・

このような、濡れ場という意味。


だが、ことなく、薫は、帰るようである。