くたばるぞ北海道23

砂澤陣氏の、北海道が危ない! から引用し、また、私が簡略化して紹介する。


北海道にはいわゆる「アイヌ」と自称する者たちが存在する。「アイヌ」という言葉を聞いて、北海道に古くから住み、自然と共に平和に暮らしてきた神秘的な人たちというイメージを思い浮かべる人が大半だろう。

私もいわゆるアイヌの血を引く者ではあるが、その血を引いているからこそ、あえて提起しなければならない事実がある。

私がなぜ”いわゆるアイヌ"と書いているか?

「アイヌ」が自称として使われるようになったのは、明治に入ってからのことである。奥羽地方以北に住んでいた部族は、過去に一つにまとまった歴史もなく、統一された言語も文化もあったわけではない。

しかし、今のいわゆるアイヌ論は、そのような客観的な事実を無視して「アイヌ」という先住民族がいたという前提で論じられている。古来より北海道で自然と共生してきた先住民族アイヌが、和人の侵略により土地を奪われ、同化政策により文化と生活の術を奪われ、貧しさの中で暮らし、差別されてきた、という歴史(ストーリー)に依拠した論だ。


そのようなストーリーに基づき、アイヌ文化振興法が制定され、アイヌ先住民族決議が採択され、アイヌ生活支援政策に国民や道民の税金が投入されている。

道民ですら知らないだろうが、「アイヌ」と認定されれば、住宅購入、修学支援、免許取得、山菜取りの車代からガソリン代にまで至る、信じられないくらいに手厚い支援を受けられるのである。

また、アイヌ文化の保存のため、これまた全国で行われているアイヌの行事のほとんどが税金で行われている。湯水のように使える補助金で、国内、海外を問わず文化交流名目で旅費の水増し請求も行われてきた。


アイヌ問題の本質は「アイヌ」民族というものが、いまだ学術的に定義されていないにもかかわらず、特定の団体が認定すれば誰でもアイヌになれていまうことだ。

砂澤 陣


と、いうことで・・・

アイヌは、あ、犬、である。


砂澤氏だけではなく、多数の人が、同じ疑問や、議論を投げかけている。

その歴史的背景等々、私も、その一つに、疑問と、呆れた様を書き記す。


そのようなストーリーに基づき、アイヌ文化振興法が制定され、アイヌ先住民族決議が採択され、アイヌ生活支援政策に国民や道民の税金が投入されている・・・

上記が問題である。

法律として、採択されたということだ。


全く、冗談ではない、状況が見えるのである。

それは、アイヌ先住民族運動という、驚くべき、実態である。


更に、それが、沖縄とも連携しているということ。

私は、最初、くたばれ沖縄、を書くつもりだった。

しかし、矢張り、道産子の私には、まず、北海道のことを書くべきだと、くたばれ北海道、いや、くたばるぞ北海道を書くことにした。


日本人には、とても、素晴らしい、心象風景がある。

その一つに、もののあはれ、がある。

そして、和の心。


総称して、大和魂、大和心である。

おほいるな やわらぎの たま である。


寛容で、慈悲深く、自然と共生共感する能力。

争う前に、和をもって、言向け和す、ことむけやわす、心を持っている。


だから、在日の人たちに対しても、優しく接した。

それは、伝統だった。

縄文期からである。

ところが・・・


それらの人たちは、その日本の心を、逆手に捕って、手前勝手に敗戦後からの日本で、やりたい放題だった。

そして、先住民族という、幻想、妄想を抱いた、馬鹿者たちによって、とんでもない、日本を作り上げようとしている。


私は、この後、沖縄、在日、反日左翼等々の皆さまに、提言をしてゆく。


命ある限り、書きつける。


別エッセイ、玉砕、と共に、参照ください。


アイヌ政策の名の下に、客観的な現状調査もなされず、歴史認識もあいまいな中での税金による助成は、自立を拒む者を生み出すだけだ。自立する意思を失わせることは弱者を虐げることにしかならない。アイヌ協会が行ってることは、弱者の自立心を奪い、補助金漬けにしながら、彼らを利用し、「まだ差別が存在する」と弱者利権を貪っているのである。

砂澤


アイヌの血を引く者が、ここまで書くに至る、その心には、感服する。

そして、その行為が、彼を、危険に晒すと思われる。

それでも、書きつけた心に、呼応して、私も、次に続く。


私の知人は、アイヌになると、いい生活が出来るらしいと、聞いたと、教えてくれた。


何でも、学習支援の費用などを、簡単に貰える。

それで、生活するという。


小学生の頃、同じクラスに、アイヌと言われる女の子がいた。

非常に臭くて、たまらなかった。

しかし、私は、別に差別感はなかった。


この、臭いということ。それを清潔にしてあげたのが、日本政府であると、後で知る。


それ以後、アイヌ差別など、聞いたこともない。

また、成人になり、札幌で、アイヌの親子との付き合いもあった。


とても器用で、その父親は、寿司まで握り、皆を楽しませてくれた。

と、私のアイヌのイメージは、差別意識なく、ただ、凄い人たちだと思ったことだけである。


さて、アイヌ民族と言うが・・・

アイヌは、民族と言えるものか、否か。


調べてみると、民族とは、言えないのである。

単なる、部族である。


更に、先住民族ということも、疑問である。


縄文期からの、アイヌは、北海道に存在していたのか、である。

アイヌとは、明治期から言われた。

では、その前は・・・

いよいよ、アイヌに関する、重大なテーマに行く。