もののあわれについて991

くはしく聞きあきらめ給ひて、「さらば、まことにてもあらむかし。見ばや」と思ふ心いできぬ。薫「昔の御けはひに、かけてもふれたらむ人は、知らぬ国までも尋ね知らまほしき心あるを、数まへ給はざりけれど、近き人にこそはあなれ。わざとはなくとも、このわたりにおとなふ折あらむついでに、かくなむ言ひし、と伝へ給へ」などばかり宣ひ置く。弁尼「母君は、故北の方の御姪なり。弁も離れぬ中らひに侍るべきを、そのかみはほかほかに侍りて、くはしくも見給へ慣れざりき。さいつごろ京より、大輔がもとより申したりしは、かの君なむ、いかでかの御墓にだに参らむ、と宣ふなる。さる心せよ。などはべしかど、まだここに、さしはへてはおとなはずはべめり。今、さらば、さやのついでに、かかる仰せなど伝え侍らむ」と聞こゆ。





詳しく聞き知りになり、それでは、本当のことなのだろう。見たいものだと思う気持ちが湧いてきた。

薫は、亡くなった方のご様子に、少しでも関りのある人は、知らないまでも、探し出したい気持ちがあるが、お子様に、数えにならなかったけれど、血が続いている訳だ。わざとではなくても、この辺に、何か言っている時もあるだろう。そのついでに、私が、こう言ったと伝えてくれ。などと、言い置きする。

弁尼は、母君は別のところにおりまして、詳しく見ておりませんでした。先だって、京から、大輔の所から申してきたことには、あの君が、是非是非、せめめて宮様のお墓にお参りしたいとおっしゃるそうです。そのつもりでいて、などと、ございましたが、まだここには、特にお手紙がございません。それでは、そういうついでに、このお言葉など、お伝えいたしましょう。と申し上げる。





明けぬれば帰り給はむとて、昨夜、おくれて持て参れる絹綿などやうの物、阿闍梨に贈らせ給ふ。尼君にも賜ふ。法師ばら、尼君の下衆どもの料にとて、布などいふ物をさへ、召して賜ぶ。心細き住まひなれど、かかる御訪ひたゆまざりければ、身の程にはいと目安く、しめやかにてなむ行ひける。木枯らしの堪えがたきまで吹き通したるに、残る梢もなく散り敷きたる紅葉を踏み分けける跡も見えぬを、見渡して、とみにもえ出で給はず。いとけしきある深山木に宿りたる蔦の色ぞまだ残りたる。薫「こだに」など少し引き取らせ給ひて、宮へと思しくて持たせ給ふ。


宿りきと 思ひいでずは このもとの 旅寝もいかに 寂しからまし


とひとりごち給ふを聞きて、尼君、


弁尼

荒れはつる 朽木のもとを やどりきと 思ひおきける ほどの悲しさ


あくまで古めきたれど、ゆえなくはあらぬをぞ、いささかの慰めには思しける。





夜が明けて、お帰りになろうとし、昨夜、後から持ってきた、絹織物や、真綿などを、阿闍梨に届ける。尼君にも、下さる。法師たちや、尼君の下仕えたちのようにと、布などというものまで、取り寄せて、下さる。

心細い生活であるが、このようなお見舞いがいつもなので、身分に比べれば、体裁よく、落ち着いて、勤行していた。木枯らしが、耐えられないほど、吹き入ってくるので、葉が梢に残らず散って、一面に敷き詰めた紅葉を、踏み分けた跡も見えないのを見渡し、急には出られない。とても面白い深山の、絡みついている蔦の色がまだ残る。薫は、これだけでも、などおっしゃり、少し引き切りさせて、中の宮へと思うらしく、お持たせになる。


昔、宿ったことがあると、思い出さないならば、この深山の木の元の、旅寝も、どんなに寂しいことか。


と、独り言をおっしゃるのを聞き、尼君、


弁尼

荒れ果ててしまった朽ち木の元を、昔、宿ったと思いになるのが、悲しい事です。


どこまでも、古臭く、取り得が無いでもないのを、少しは、慰めになると、思うのである。





宮に紅葉奉れ給へれば、男宮おはしましける程なりけり。「南の宮より」とて、何心もなく持て参りたるを、女君、「例の、むつかしき事もこそ」と苦しく思せど、取り隠さむやは。宮、「をかしき蔦かな」とただならず宣ひて、召し寄せて見給ふ。御文には「日頃なに事にかおはしますらむ。山里にものし侍りて、いとど峰の朝霧にまどひ侍りつる、御物語もみづからなむ。かしこの寝殿、堂になすべき事、阿闍梨に言ひつけ侍りにき。御許し侍りてこそは、外に移す事もものし侍らめ。弁の尼に、さるべき仰せごとはつかはせ」などぞある。匂宮「よくもつれなく書き給へる文かな。まろありとぞ聞きつらむ」と宣ふも、少しは、げに、さやありつらむ。女君は、事無きを、嬉しと思ひ給ふに、あながちにかく宣ふを、わりなしと思して、うち怨じてい給へる御さま、よろづの罪許しつべくをかし。匂宮「返事書き給へ。見じや」とて、外ざまに向き給へり。甘えて書かざらむも怪しければ、中の宮「山里の御歩きのうらやましくも侍るかな。かしこはげに、さやにてこそよく、と思ひ給へしを、いかにも、さるべきさまになさせ給はば、おろかならずなむ」と聞こえ給ふ。かく憎き気色もなき御むつびなめり、と見給ひながら、わが御心ならひに、ただならじと思すが、安からぬなるべし。





中の宮に、紅葉を差し上げると、男宮がいらっしゃ。ところである。南の宮より、と言い、何の気もなく、待っていた参ったものを、女君は、いつものように、面倒なことでもと、困ったと思うが、取り隠すわけにもいかない。宮は、面白い蔦だと、意味ありげに、おっしゃり、御覧になる。お手紙には、この頃は、どのように、お過ごしですか。宇治に行きまして、一層、峰の朝霧に惑いました。そのお話しも、お目にかかり。あちらの寝殿を、堂にすることをあざりに、言いつけました。お許しをいただきましてから、外に移すことにいまします。弁の尼に、適当な、ご命令をして下さい。などと、書いてある。

匂宮は、よくも、澄ました書きぶりをされた手紙だ。私がいると、聞いたのだろう。と、おっしゃるのも、少しは、その通りだったのだろう。女君は、何も書いていないことを、嬉しいと、思うが、無理に、宮がおっしゃるのを、酷いと思い、すねている様子が、どんな罪でも、許せそうなほどに、美しい。

匂宮は、返事をお書きなさい。見ないでいます。と、よその方に顔を向けている。いい気になって、書かないのも変なので、中の宮は、宇治へのお出かけが、とても羨ましいことです。あちらは、本当に、そのようにするのが、良いと思っていましたが、わざわざ私が、山奥の住処を探すよりは、荒らしきってしまわずに、そのままにしておきたく存じます。どのようでも、適当にされて下されば、ありがたく存じます。と、申し上げる。

このように、変な仲ではない関係なのだと、御覧になりつつ、ご自分の癖で、ただではあるまいと、思いなのが、落ち着いていられないのである。