もののあわれについて992

枯れ枯れなる前栽の中に、尾花の、物より異にて手をさし出でて招くが、をかしく見ゆるに、まだ穂に出でさしたるも、露を貫ぬきとむる玉の緒はかなげにうちなびきたるなど、例の事なれど、夕風なほあはれなる頃なりかし。


匂宮

穂にいでぬ 物思ふらし しのすすき 招く袂の 露しげくして


なつかしきほどの御衣どもに、直衣ばかり着給ひて、琵琶を弾きい給へり。黄鐘調のかき合はせを、いとあはれに弾きなし給へば、女君も心に入り給へる事にて、物怨じもえし果て給はず、小さき御几帳のつまより、脇息に寄りかかりて、ほのかにさし出で給へる、いと見まほしくらうたげなり。


中の宮

秋はつる 野辺のけしきも しのすすき ほのめく風に つけてこそ知れ


わが身ひとつの」とて涙ぐまるるが、さすがに恥づかしければ、扇をまぎらはしておはする御心のうちも、らうたく推しはからるれど、「かかるにこそ人もえ思ひ放たざらめ」と疑はしき肩ただならで、うらめしきなめり。





瑞々しさのなくなった、植え込みの中に、尾花が、他の草と違い、手を出して、招くのが、面白く見える。が、まだ穂が出し切っていないのも、露の玉を貫いている緒のように、頼りなげに、靡いているのなどは、いつものことだが、夕風が身に染みる今日この頃である。


匂宮

外に出ず、物思いをしている様子だ。篠薄は、招いている。


着慣れたお召物に、直衣だけを着て、琵琶を弾いていらっしゃる。黄鐘調の調子に合わせ、胸に沁みるほどの、弾き方をされると、女君も、琵琶を嗜んでいることで、すねた顔つきばりかも出来ず、小さい御几帳の端から、脇息に寄りかかって、ほんの少し、お出しになった顔は、いつまでも見ていたいほど、可愛らしい。


中の宮

秋が終わる、野原の様子も、篠薄を少ししか、訪れない風につけて、解る事です。


自分の一人が辛いため、と、つい涙ぐまれるが、さすがに、恥ずかしいので、扇で顔を隠していらっしゃる。その心境も、可愛らしいと、察せられるが、こういう感じだから、あの男も、諦めることが出来ないのだろう。と、疑いを持つことも、抑えきれないので、恨めしいのでしょう。


最後は、作者の言葉。





菊の、まだよくも移ろひはてで、わざとつくろひたてさせ給へるは、なかなか遅きに、いかなる一本にかあらむ、いと見所ありて移ろひたるを、とりわきて折らせ給ひて、匂宮「花の中にひとへに」と誦し給ひて、匂宮「なにがしの皇子の、この花めでたる夕ぞかし、いにしへ天人のかけりて、琵琶の手教へけるは、何事も浅くなりたる世は物うしや」とて、御琴さし置き給ふを、「口惜し」むと思して、中の宮「心こそ浅くもあらめ、昔を伝へたらむことさへは、などてかさしも」とて、おぼつかなき手などをゆかしげに思したれば、匂宮「さらば、ひとりごとはさうざうしきに、さしいらへし給へかし」とて、人召して筝の御琴取り寄せさせて、弾かせ奉り給へど、中の宮「昔こそまねぶ人ももものし給ひしか、はかばかしく弾きもとめずなりにしものを」と、つつましげにて手も触れ給はねば、匂宮「かばかりのことも、隔て給へるこそ心うけれ。この頃見るわたり、まだいと心とくべき程にもあらねど、かたなりなる初ごとをも隠さずこそあれ。すべて女は、やはらかに心うつくしきなむ良き事とこそ、その中納言も定むめりしか。かの君にはた、かくもつつみ給はじ。こよなき御中なめれば」など、まめやかに恨みられてぞ、うち嘆きて少し調べ給ふ。ゆるびたりければ、盤渉調に合はせ給ふ。かき合はせなど、爪音をかしげに聞こゆ。伊勢の海、謡ひ給ふ御声のあてにをかしきを、女ばら物のうしろに近づき参りて、笑みひろごりていたり。女ばら「二心おはしますはつらけれど、それもことわりなれば、なほわが御前をば、幸人とこそは申さめ。っかかる御有様に交らひ給ふべくもあらざりし年頃の御住まひを、また帰りなほましげに思して、宣はするこそいと心憂けれ」などただ言ひに言へばつ、若き人々は「あなかまや」などと制す。





菊が、まだ十分に色が変わらず、特に手を入れているのが、かえって、色変わりするのが遅い。その中に、どういう一本か、とても、見事に色が変わっているのを、選んで折らせ、匂宮は、「花の中で、唯一」と吟じて、何某の皇子が、この花をめでた晩だ。昔、天人が天下り、琵琶の曲を教えられたのは、何もかも浅くなった今の世は、嫌だな、と、琴を置くのを、残念に思い、中の宮は、人の心こそ、浅くもございましょうが、昔のままを伝えたものまで、どうして、悪くなりましょう、と、ご存じない曲などを知りたそうなので、匂宮は、それなら、一人で弾くのは物足りないので、お相手しなさいと、人を呼んで、筝の琴をとり寄せて、弾かせられるが、中の宮は、昔は、父宮も、いらっしゃいましたが、きちんと、稽古もしなかったものですからと、きまり悪そうに、手を触れにならないので、匂宮は、これくらいのことでも、聞かせてくれないとは、嫌だね。このところ、私が行く先では、まだ、たいして打ち解けるほどではないが、下手な習いたてのことでも、隠さないのです。何でも女は、言う通りにし、気立てが素直なのが、良いことだと、例の中納言も言っています。あの君には、こんなに隠すことはないでしょう。素晴らしいお仲らしいから、など、本気に恨み言を言われて、ため息をついて、少し、弾かれる。

緒が緩んでいたので、盤渉調に合わせられる。調子合わせなど、爪音が、面白く聞こえる。伊勢の海をお謡になる声が、上品で素晴らしいのを、女たちは、何かの後に近づいて、姿を崩している。

侍女は、二心がおありなのは、辛いけれど、それも当然なので、矢張り、ご主人様を、幸福な方と申しましょう。こんなご様子で、お付き合いされそうにもなかった、長年のお住まい、それを改めて、お帰りになったそうに思いで、お口に遊ばすのは、困ったこと、など、構わず言うので、若い女房たちは、お静かに、などと、それを抑える。


この頃見るわたり、まだいと心とくべき程にもあらねど、かたなりなる初ごとをも隠さずこそあれ。すべて女は、やはらかに心うつくしきなむ良き事とこそ、その中納言も定むめりしか・・・

六の君のことを言う。中納言とは、薫のこと。