もののあわれについて993

御琴ども教へ奉りなどして、三四日籠りおはして、御物忌などことつけ給ふを、かの殿には恨めしく思して、大臣内より出で給ひけるままに、ここに参り給へれば、宮「ことごとしげなるさまして、何しにいましつるぞとよ」と、むづかり給へど、あなたに渡り給ひて対面し給ふ。夕霧「ことなる事なき程は、この院を見で久しくなり侍るもあはれにこそ」など、昔の御物語ども少し聞こえ給ひて、やがて引き連れきこえ給ひて出で給ひぬ。御子どもの殿ばら、さらぬ上達部殿上人なども、いと多く引き続き給へる。勢ひこちたきを見るに、並ぶべくもあらぬぞ屈しいたかりける。人々のぞき見奉りて、「さもきよらにおはしける大臣かな。さばかり、いづれとなく若く盛りにてきよげにおはさうずる御子どもの、似給ふべきもなかりけり。あなめでたや」と言ふもあり、また「さばかりやむごとなげなる御さまにて、わざと迎へに参り給へるこそ憎けれ。安げなの世の中や」などうち嘆くもあるべし。御みづからも、「きし方を思ひいづるよりはじめ、かのはなやかなる御中らひに、立ちまじるべくもあらず。かすかなる身のおぼえを」と、いよいよ心細ければ、「なほ心安く籠りいなむのみこそ、目安からめ」など、いとどおぼえ給ふ。はかなくて年も暮れぬ。





お琴を教えたりして、三、四日出ないでいらして、御物忌みなど、口実をつけるのを、右大臣家では、恨めしく思いで、大臣が宮中から、ご出退になるなり、こちらに、お出でになった。

宮は、仰々しい恰好で、何をしに、お出でになったのか、と気分悪く思うが、寝殿に渡りになり、お会いになる。夕霧は、格別の用事がない間は、こちらの院を見ることなく、長くなりますのも、感慨無量です。などと、昔の話を少し申し上げて、そのままご一緒になり、お出になった。

お子様の、若様がた、その他の、上達部、殿上人なども、とても多く引き連れていられる。その勢いの堂々としているのを見ると、肩を並べられそうにないのが、切ない。

女房たちが覗いて、拝見し、何と美しい大臣でしょう。あんなに揃って、お若く、綺麗でいらっしゃるお子様方の中で、似ていらっしゃる方も、ありませんね。まあ、ご立派なこと。と言う者もあり、また、あんなに、押しも押されぬご様子で、わざと、お迎えにいらしたのは、憎いですね。気の揉めるお二人です。など、嘆く者もいる。

ご自身も、昔のことを思い出すのをはじめ、あの華やかなご家族に、入り込めそうにない、世間から問題にされない身分であると、益々、心細いので、矢張り、気楽に宇治に行ったきりになるのが、無難だろうと、一層、思う。

何となく年も暮れてしまった。



正月つごもりがたより、例ならぬさまに悩み給ふを、宮まだ御覧じ知らぬ事にて、「いかならむ」と思し嘆きて、御修法など、所々にてあまたせさせ給ふに、またまたはじめ添へさせ給ふ。いといたく煩ひ給へば、后の宮よりも御とぶらひあり。かくて三年になりぬれど、ひと所の御こころざしこそおろかならね、大方の世には、ものものしくもてなし聞こえ給はざりつるを、この折ぞ、いづこにもいづこにも聞こしめし驚きて、御とぶらひども聞こえ給ひける。





正月の末ころから、普通ではなく、苦しみになるのを、宮様は、まだご存じないので、どうなることかと、ご心配で、御修法などを、あつこちで数多く、させた。その上で、更に、新たに、加えるのである。大変な苦しみになるので、后の宮からも、お見舞いがある。

一緒になって、三年になり、宮の愛情は、並々ではないが、世間一般では、重々しく扱いしていなかったのに、この時に、あちらからも、こちらからも、お耳になり、驚いてお見舞いを、数々申し上げた。





中納言の君は、宮の思しさわぐに劣らず、「いかにおはせむ」と嘆きて、心苦しくうしろめたく思されるれど、限りある御とぶらひばかりこそあれ、あまりもえまで給はで、しのびてぞ御祈りなどもせさせ給ひける。さるは、女二の宮御裳着、ただこの頃になりて、世の中ひびき営みののしる。よろづの事、みかどの御心一つなるやうに思し急げば、御後見なきしもぞ、なかなかめでたげに見えける。女御のしおき給へる事をばさるものにして、作物所、さるべき受領どもなど、とりどりに仕うまつる事ども、いと限りなしや。やがてその程に参りそめ給ふべきやうにありければ、男方も心づかひし給ふ頃なれど、例の事なれば、そなたざまには心も入らで、この御事のみいとほしく嘆かる。





中納言の君、薫は、宮が、騒ぐのに負けず、どうかなると、嘆きで、お気の毒と心配しているが、きまりのお見舞いだけは出来るが、あまり、度々参上も出来ないので、こっそりと、お祈りなどを、やせらた。

実は、女二の宮の、御裳着の式が、丁度のこの頃になって、世間で大評判で、準備に大騒ぎである。

何もかも、帝のお気持ち一つのようで、ご準備される。それで、お世話役のないことは、かえって、結構なことに見えた。お母さまの女御がしておきになったことは、言うまでもなく、作物所、適当な国司たちなども、それぞれに、お世話申し上げることの数々は、この上もないことだった。

そのまま、式が済んだ頃、通い始めなさるようにということで、男の方も、心準備をされるところだが、いつもの癖で、そちらの方には、気が進まない様子で、中の宮のことばかり、お気の毒で、気にせずには、いられないのである。