国を愛して何が悪い259

観阿弥、世阿弥の時代には、今日伝わるような、台本はなかった。

狂言師もまた、暗唱し、或いは、即興的な要素も多かった。


題材は、すべて日常的で、庶民に親しみやすいものである。


今日伝わる台本は、最も古くても、室町末期の筆録で、大部分は、江戸時代に入り、書き留められたものである。


その中から、室町期の、言い回しなどを想像する。


それらの内容に関しては、省略する。


私は室町文学の生んだひとりの典型的人物として、「太郎冠者」をあげておきたい。室町文学だけでなく、日本文学全体を通じても、甚だユニークだと言っていいだろう。狂言のすべてに登場するわけではないが、太郎冠者の存在するところ、狂言はまさに狂言として異彩を放つのである。

亀井


その姿は、自分もへまをやり、それによって、自分を道化と化して、主人に奉仕し、そのまま自分たちの真の主人である、観客に奉仕している。


まさに日本人の創造した見事な「道化役」と言っていいだろう。

亀井


太郎冠者のすべてが、をかしさ、に結びつく。

軽妙な芸である。


発生当初は、もっとどぎつく、猥雑なものだったかもしれない。世阿弥も注意しているように、洗練によって、一定の気品を保ったようになったのである。

・・・もし野性を発揮させていたら、かなり痛烈な諷刺や猥雑ぶりも発揮したのではなかろうか。その点は残念にも思うが、とにかくこの対話と所作の「軽み」は、能と対比したとき実に鮮やかである。

亀井


武家も僧家も信用出来ず、土一揆の頻発する時代に、民衆や不遇の人々のあいだから育ってきた芸能や文学が、室町末期にはこんな表現をとった。むろん小型の文学である。私はその二三の例をあげたにすぎないが、今昔物語「悪行篇」ほどの強烈な散文は遂にみあたらないのである。

亀井


さて、現代は、どうか・・・

芸能に置いて、現代社会、その他諸々を批判し、揶揄するもの、あるいは、問題を、軽み、に持てる芸能は、あるか、である。


能も、狂言も、すでに、古く、時代に合わない、単なる、伝統芸と呼ばれている。


そこから、この複雑怪奇な、時代性を見ることは、不可能である。

勿論、人間全般の、生きるという、間合いには、そういうものが、あるかもしれないが・・・


室町期の、乱世は、戦国時代へと、移行する。


乱世は人間を虚無へ、遊びへと誘うが、それと表裏して、必ず強烈な信仰あるいは狂信にも導くことは、王朝末期にもみられた現象である。焼身とか、入覚とか、文覚風の荒行の再現が室町末期にも当然予想される。

しかし、こうしたエネルギーは、この時代にはむしろ下剋上、土一揆などのうちに発揮されたようである。

亀井


では、そこで、東山の阿弥たちの声が聞かれないように、土一揆に参加した人たちの、声も無い。


一揆参加者たちの、言行録の片りんすらないのである。

精神史の空白である。


貧窮の結果のやむを得ない行動であったことはわかる。しかし農民の場合、それれは下層武士とか名主など、村の「顔役」によって扇動された結果にすぎないのか。それもあるだろうが、もっと根本的に、「浄土」を現実の社会のうちに求めようという信仰上からの動きがそこになかったかどうか。搾取をつづける地頭守護や武家を絶滅しようという情熱を、根本において支えているものは何であったのか。

亀井


それが、伝わっていないのである。

下剋上が激しく、武家から農民にまで、何やら、特別なエネルギーに翻弄された様子である。


それが、新しい時代、戦国時代の始まりとなる。


さて、室町末期の仏教界に対して、痛烈な批判、僧家打倒という声は無い。

全くの、無用の長物と化した、仏教界である。


禅宗が盛んだったといわれるが・・・

ただ、一部の人たちの、慰みものであった。


そんな中で、思いもよらなかったところから、僧も仏教に対しての、批判の声がある。


キリスト教、カトリックの宣教師、フランシスコ・ザビエルの書簡である。

私が現代語訳する。


この国にては、僧侶のことをボンズと言えり、彼らは、大に俗人と異なれり、到って不品行にして、不断に不徳乱倫の行為あれども、普通の人は、これを咎めるのみならず、却って痛く彼らを尊敬しつつあれば、ボンズ等は、人間社会に最も忌嫌すべき獣欲を呈して憚ることなく、随って、その信徒の中にも、彼らの悪風に倣う者、往々にしてあり。我らが、この獣欲を戒めたるときに、普通の信徒なれば、直ちに悔恨改悛するも、ボンズ輩はしからず、すべての訓戒もこれを馬耳東風と聞き流し、冷笑教法を唱道するも、実際は日本国中最も不道徳なる者の団体なり。


恐るべき、分析である。

現代の、それもまた、同じく。


それゆえか、キリスト教の熱烈な信徒が、続々と現れるという、現象である。


そして、その後、日本史上稀に見る、殉教の血が流される。


もう一つの、注目は、元亀二年、1571年、織田信長が、比叡山を焼き討ちしたことである。


これは、革命的である。


これは、比叡山に代表される仏教界に対する、対決である。

武力を持ち、政治的権力を持つ、宗教に対する、政治家、権力者からの、強い、圧力である。

つまり、いい加減にせよ・・・信仰者は、信仰にのみ、生きることだと、言う如く。


いつの時代も、宗教は、暴力集団である。

その教えと、やる事は矛盾するが、その矛盾を感じないのが、宗教者たちである。

新興宗教と言われている間に、その集団が大きくなると、必ず、政治に関与するようになる。

例を上げずとも、解るだろう。