国を愛して何が悪い260

中世は武家の時代だと言われるが、その権威が失墜したのが室町末期である。中世は仏教信仰の最も純化された宗教の時代だと言われるが、その権威の失墜したのも室町末期である。すでに源平合戦から承久の変を通って、院政の権威は失墜した。南北朝五十年にわたる内乱を通して公家の権威も失墜した。権威の名にあたいするあらゆるものが崩壊したところに生じた虚無感、これが下剋上の根本にあるもので、私は太平記を通して、南北朝内乱時代のなかにそれを指摘しておいた。

亀井


それから、戦国時代という、また、乱世に入る。


末法の世と言われた、王朝末期と、法灯の消えた室町末期と、この時代に、仏教否定の言葉が、現れても良かったが、それが、無い。

あるいは、無神論の論調である。

だが、どちらも、無い。


下剋上は、身分の低いものが実力によって目上のものをしのぎ或いは征服するという意味をもっているが、窮極的に言うなら神の否定、仏の否定ではないか。そこまで行かなければ下剋上は精神的な意味を帯びないであろう。

亀井


ところが、現れた。

神も仏も無いとした、人物である。

それが、織田信長である。


彼自身に「無神論」といった自覚のなかったのはむろん、名目上は法華宗であったが、その行動をつらぬいて鮮明に感じられるものは反宗教的狂気である。「狂気」という言葉を使ったのは、盲目的とは全く逆の、めざめた人の自己過信、乃至は自己という存在の秘密に不安であった人の衝動的行為を注目したいからである。

亀井


簡単に言う。

今まで、武家たちも、信仰を持って、戦闘行為を行い、祈りつつ、戦うという行為に基づき、行為していた。

しかし、信長は、それを否定した。


そんなことは、迷信と言わんばかりに、行為したのである。

自分が、神だという立場を示したと、私は言う。


宗教は、戦うための、促進剤であり、その後は、鎮静剤を役割を担う。

それは、何も日本の精神史のみに言えることではない。


世界的に、宗教とは、それである。

単なる、人間の精神を、その度、その度に、委ねる。

そして、何と、安心を得る。


イスラム原理主義では、戦いは聖戦と称して、死ねば、永遠に神の元にあり、という教えである。

勿論、キリスト教も、そうである。


人間の、罪なる行為に対する、丁度良い加減の、精神薬の役割をする。

その程度が、宗教である。


宗教の信仰を、濫用する、人間の罪深さである。


自己保存のためには敵を殺さなければならぬ。もしそこに温情や手びかえが加わったらどうなるか。自分が殺されることは明白だ。敵はみなごろしにしなければならぬ。その上でなお神仏に祈るとは欺瞞ではないか。神仏そのものは何事もなしえないばかりではなく、その名において形成された大宗派組織そものものが軍事力である以上、敵とみとめたかぎりみなごろしは必至である。これが信長の行動の示すところである。あの「濫用」を中止して覚醒した人のそれは狂気であった。

亀井


つまり、狂気が無ければ、時代を変えることは、出来ない。

信長により、日本の近代が始まると、私は、考える。


そして、信長により、江戸時代への道のりが、始まる。


信長公記から、現代語は、私。


朝毎に、馬をのられ候。また、鉄砲御稽古、師匠者橋本一巴にて候。市川大介をめしよせ弓御稽古、ふだんは平田三位と申す者、近づけおかせられ、これも、兵法にて候。しげしげ御鷹野に成らせ候。


これが、信長の大体の日課であると、語られる。

続いて、信長の趣味である。


舞と、小唄、であると言う。

敦盛を一番より外は御舞ひ候はず候。人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。これを口付けて御舞ひ候。・・・


実に、見事に、その行為が、統一されている。

うつけ者と、呼ばれていたが、実は、それは、信長のポーズである。それにより、敵を安心させていた。


その行動は、バサラに似る。

だが、実に、計算されていたのである。


桶狭間の戦いで有名だが、その際の、信長の戦略は、情報の重要さであった。戦略は、確かな情報であった。

その証拠に、正しい情報を信長に伝えた者が、一番の、褒賞を得ている。


今川義元を打ち取った者ではなく、情報の正しい者を一番に置いたというのが、新しい。


つまり、近代の始めを拓いたと言える。


まさに新しい人間が登場したのである。彼にとって信ずるに足るものとはまさに自己自身であったのだろうか。傲慢な独裁者、専制君主の面影もフロイスの一文から充分察しられるが、そのすぐ背後に、「死のうは一定」という小唄を絶えず口ずさんでいた空虚感に脅かされていた信長を想像することも大切であろう。すべての武将とひとしく「死」に直面しながら、神仏をたのまず、来世をもたのまず、来世をも願わなかった人の内部に、おそらく人間への深い愛情と人間抹殺の狂気と、それが自分でも収拾出来ないような激烈な矛盾として存在していたのではなかろうか。・・・

私は彼の惨忍性、その点での異常性格がどこから由来したのかを考えたいのである。

亀井


異常という分類ではない。

当時を生きるとしたならば、異常という状態でなければ、武士として、生きられない程、内乱の後遺症があったと言う。


いつか、その乱れを収めなければならないと、武士ならば、考えるだろう。それが、天下統一である。


その直前に、彼は、死ぬことになるが。

皮肉なことである。