神仏は妄想である588

宗教戦争の時代は殺戮を自己目的化としていたが、目的限定戦争は無意味な殺傷を禁止する方向に向かった。

こうしてウェストファリア体制により近代国家法が成立していく。戦争は「決闘の法理」に基づく文明国側の神聖な儀式となった。実態をはっきり言えば、主権国家を有する王様にだけ許されるゲーム(余興、果し合い)となった。

倉山


ウェストファリア条約についての説明は、省略する。


ただし、この場合の国際法とは欧州公法にすぎず、適用されたのはヨーロッパの主権国家だけであった。外部世界に対する植民地戦争においては、宗教戦争と変わらぬ殺戮と略奪が続けられる。

二重基準である。

主権国家を持つ資格のない非文明国になど、文明の法を適用する必要はないという彼らの考え方であった。

倉山


ここが、問題である。

自分たちは、文明国という意識である。

その他の、有色人種の国は、非文明と、断定する。


いかに、傲慢かが、解る。


ちなみに、日本は、彼らより、200年も前に、その体制を作っていた。

欧州の近代化より、日本の近代化が早いということだ。


まあ、それは良いとして・・・


呆れるのは、これからである。


ウェストファリア会議において、戦勝国スウェーデンのクリスティーナ女王が人類史に残る画期的な一言を言い放った。

「異教徒を殺さなくてよい」

倉山


異教徒は、殺さなければならない、という観念の、白人たちだった。

敵に対する、魔女狩り、十字軍は言うに及ばず、裏切り者は、異端審判にかけて、苦しめて殺すという、白人たちである。


これが、ローマ帝国末期から、30年戦争にかけて、欧州の暗黒の世紀において、支配的だった、価値観である。


そして、クリスティーナ女王の言葉は、敵である、カトリックのみならず、味方のプロテスタントも、30年戦争に疲れて、受け入れやすい状態にあった。


彼女の一言は、宗教的寛容と呼ばれる。「心の中では何を考えてもよい」とする精神である。以後、まともな国はこれを通義として尊重している。

倉山


ウェストファリア条約で、領民は、領主と違う宗教を信じても良くなった。


国王も、自由に宗教を選ぶことが出来るようになった。


日本では、当たり前のことである。

が、それに気づくために、白人たちは、どれほどの、人の命を奪ったか、知れない。


だが、呆れるはのは、「殺さなくてもよい」であるが、「殺してはならない」という価値観が定着するのに、更に、数百年の殺し合いを経たのである。


ローマ教皇、そして、その使節団は、宗教的不寛容を叫んだ。


大航海時代の対抗宗教改革の流れの中で、世界に散った、カトリック勢力は、近代の植民地抗争の時代に、隠然たる影響力を保持していた。


一体、宗教とは、何ぞや・・・

ここで、現在でも、日本人が言うところの、宗教という観念が、全く違うということを、覚えることだ。


彼らの言う、神とは、日本人が言うところの、神ではない。

明確にしておく。


神の名により、人殺しをするという、民族、部族なのである。


要するに、生まれからして、違う。

野蛮人は、自分が野蛮であることを、知らない。


野蛮人の神は、矢張り、野蛮なのであり、神とは、妄想力なのであるから、そうなって、当然である。


日本の神は、人を殺せと言わない。

逆に、生かして、その良きところを、認めて、生きるべき道を示す。


フランス、ドイツのようなヨーロッパの主要国が、カトリックという、内政問題を解決したのは、20世紀のことである。


イングランドでは、30年戦争が終わりを迎える頃、1642年、清教徒、ピューリタンと呼ばれる、狂信的なカルバン派が、革命を起こして、国王を処刑し、ケロムウェルが独裁政治を敷いた。


その後、ブリテン島における、国教会と、ピューリタン、カトリックの、三つ巴の殺し合いが続き、終結は、40年以上先の、1689年の、権利章典制定を待たなければならなかった。


そして、近代化の波が訪れたヨーロッパから逃れ、新大陸アメリカに向かったのは、30年戦争の初頭1620年である。


カルバン派の信仰に燃えた人たちは、善良な現地人を殺戮し、植民により、土地を奪い、キリスト教原理主義の強い、アメリカ合衆国を建国する。


自分たちは、正しいと思い込む様は、手が付けられない。

そして、原住民を、動物のように、殺すという行為に、罪意識無い。


まさに、呆れる。


西欧の近代化とは、キリスト教の穏健化による世俗主義の確立である。これは法治主義の原初である。主、神による支配から、人の定めた法による支配、そしていかなる権力も個人の心の中に介入してはならないとする原則に確立により、文明を築いていくのである。

倉山


それは、日本人には、当たり前のことである。

戦国時代が、それであった。


日本で最大の宗教戦争として石山合戦が挙げられるが、本願寺は端から勅願寺になったことを喜んでいるのである。天皇の権威により、自己の社会的地位が向上したことを喜ぶということは、その威光に服属するということなのである。天皇は政治の争いから超然としていた。

教皇も皇帝も紛争の当事者となったヨーロッパと違い、超然とした存在としての天皇がいたことが、日本で大きかった。

倉山


面白いのは、以下


このあたりは、日欧の拷問を比較してみればわかる。日本には人を殺傷することが自己目的化した拷問は存在しない。快楽のための拷問を行った領主は、統治能力なしと見なされ、下克上により放逐されるメカニズムが存在していた。

倉山


神ではなく、人間が考え出した、体制が機能して、漸く、辿り着いた、近代化と、戦争に対する観念の変容である。


彼らの、神とは・・・

存在すれば、悪であり、存在しなければ、妄想である。