神仏は妄想である590

さて、仏陀は、インド人ではなく、ネパール人であると、書いた。


活動したのが、インドである。

ネパールとインドは、別の国である。


インド連邦は、共和国であり、ネパールは、王国である。

しかし、その国王は、国民により、追放された。


その仏陀の、誕生日を、研究家は、散々に、議論した。

兎に角、仏陀の存在していたことを、明確にする必要からである。


私には、どうでもいいことだが。


だから、その経緯については、省略する。


兎に角、仏陀の歴史性が、確定している。


仏陀が誕生して、七日で、母である、マーヤー夫人が亡くなった。

その後は、マーヤー夫人の妹の、マハー・パジャーパティーに、養育された。


叔母が、王の後妻となり、彼を育てたのである。


まあ、王子だから、実に良い生活を送っていた。

それは、自身でも、少年時代の自分を回想して語るものがあるから、解る。


贅沢な生活である。


ベナレスは、古来から、織物の産地として有名であり、仏陀も、それらの高級織物を身に付けていた。


ところが・・・

何不自由の無い境遇にありながらも、それに満足せず、物思いに耽るという、神経質な少年である。


この場合の、神経質とは、良い意味である。

神経質だから、色々なことに捉われ、考える、感じる。


「わたしはこのように裕福で、このように極めて優しく柔軟であったけれども、このような思いが起こったーーー愚かな凡夫は、みずから老い行くもので、また老いるのを免れないのに、他人が老衰したのをみて、考え込んでは、悩み、恥じ、嫌悪している。われもまた老いゆくもので、老いるのを免れない。自分こそ老いゆくもので、同様に老いるのを免れないのに、他人が老衰したのをみては、悩み、恥じ、嫌悪するであろうーーーこのことはわたくしにはふさわしくないと言って。わたくしがこのように観察したとき、青年期における青年の意気は全く消え失せてしまった。」


そして、人間が病み、死ぬことについても、同様の反省を繰り返している。

つまり、ノイローゼである。


伝説によると、16歳の時に結婚した。

王が、物思いに耽る彼を見て、その癖を止めさせるために、楽しい生活を送らせようとしたとある。


ラーフラという、長男を得る。

楽しい生活だったが、それでも、深く、人生の問題に、悩んでいた。


つまり、性格である。

性格が、仏陀を作り上げたのである。


それほど、性格というものは、重大なものである。

そんな性格でなければ、彼は、仏陀になることは、なかった。


そんなことを言う、仏教家、研究家に会ったことがない、私は。


アホ、馬鹿な性格で、お目出たければ、そんな、上等なことは、考えないという事だ。


いや、それが、上等なのか、どうか・・・

癖、あるいは、精神の病か・・・


あるいは、虚弱体質。


兎に角、強く逞しい男ではなかったということだ。

それが、幸いしたのか・・・


ちなみに、后になったのは、ヤソーダラーという、意味は、誉ある淑女、だそうな。

後に、仏陀の跡を追い、出家する。

その子の、ラーフラも、出家する。


では、ラーフラが、仏陀の跡を継いで、教祖になったのか・・・

全く、そんな話はないし、その後の、様子も、記録が無い。


ラーフラの記録があれば、面白かったと、思う。


父のように、悟れなかったのか・・・


ここで解ることは、仏陀は、普通の人間だったということだ。

少年時代から、偉大なる者ではなかった。


下手をすると、適応能力に欠けた、王様になっていた可能性もある。

何せ、自分の国が攻められるのを、黙って見てるしかなかったのである。


そして、自分の国が、滅んでしまった。

これは、どう解釈したらいいのか・・・


まあ、言い方としては、国を失ったが、世界を手に入れたとも、言う人がいるかもしれない。

しかし、現在、インドでは、仏教は、消滅した。


日本の馬鹿な仏教集団が、インドに乗り込んで、何やら、仏教でございと、やっているが・・・


本当に馬鹿である。

インドのカースト制外の、存在が、仏教徒である。

つまり、最低最悪の生活を、送っている。


ジャイナ教より、悪い。

仏陀在世当時も、ジャイナ教の、教祖がいた。

今では、その方が、生き残っている。


だから、仏教もどきの人たちが、仏陀と崇めても、詮無い事なのだ。


イスラムに、皆々、虐殺された。

つまり、それが、因縁だったのだろう。


亡ぶという、因果応報である。

仏教は、そんな因縁を以ていたという、仰天である。


神仏は妄想である・・・