神仏は妄想である592

ゴータマ、仏陀の教化の中心は、最大の強国、マガダの首都、王舎城と、生まれ故郷に近い、サーヴアッティー市であった。


何度も言う。

何故、自国、ネパールではないのか・・・と。


誰も、それには、触れていない。

多くの研究家も、仏教家も、触れない。


よく、熱心な信仰を持つ人も、自分の家族には、布教できない訳がある。

その人を、良く知るからである。

ただの、人が、熱心に信仰しても、説得力がないからか・・・


王舎城では、マガダ王ビンビサーラが、竹林を寄進した。

王は、竹林園を、仏陀を長とする、修行僧の集いに寄進する、と言った。


ここで、僧という言葉が、出てくる。

出家者は、僧なのである。


それは、世俗の生活を捨てて、ひたすらに、何かを求める人のことである。

その何かは、道、悟り、平和等々・・・


これを見ると、仏陀の存在感が、それなりに大きかったと思われる。

だが、ただのネパールの人が、それほど、王に、気に入られるのか・・・


仏陀の佇まいは、王子であった風格や、その所作であろう。

人間は、見た目が、九割である。


仏陀は、人を騙すだけの、風貌だったといえる。


どこでも原始仏教の僧園は「都邑から近すぎず、遠からず」というところにつくられたが、この限定は原始仏教の社会性を理解するために非常に重要である。

中村 元


この社会性とは、何か・・・

つまり、人がいるということだ。


人のいないところで、教化は出来ない。


原始仏教に帰依した人は、王族、商人、手工業者などで、大体都市の人だった。


しかし仏教は都市的生活をそのまま肯定したのではなくて、都市的生活の否定態において原始仏教の出家者教団は成立していたのである。

中村 元


それは、托鉢などを行うにも、都市、村から遠くない方が、好都合であったから。

と、修行者らしくないのである。


餌が貰える、人が多い・・・と、それなら、商売と同じである。

だが、誰も、その批判はしない。


何故、山林、山野ではないのか・・・


さて、寄進する人は、サーヴァッティー市でもいた。

有名な、祇園精舎である。


富豪だそうだ。

結局、王族、富豪という、富を持つ者による。

その、富を否定しても、富を持つ者の、世話になるという、矛盾である。


宗教は、最初から、矛盾しているものだとは、誰も言わないので、私が言う。


これから、その教えの入るが、その前に、色々と、考えることが多々ある。


中村元氏は、仏陀の晩年の姿は、大般涅槃経にあると言うが、それは、信じればの話である。


後世に書かれた、偽物かもしれない。


それは、さておき、その晩年は、王舎城の東北にある、「鷲の山」霊鷲山、りょうじゅうせん、を出て、弟子たちを連れて、故郷に向かって旅立つという。


これも、おかしい。

何故、晩年になり、故郷に向かうのか・・・

これこそ、人間である。

仏陀ではなく、人間の姿である。


そして、我が身の、健康の衰えを嘆く。


ようやく、仏陀は、晩年になり、人間になったようである。


仏陀とか、仏という、化け物ではなかった。


より素晴らしい人間として、故郷に向かう・・・

それならば、理解する。


アーナンダよ。わたしはもう老い朽ち、齢をかさね老衰し、人生の旅路を通り過ぎ老年に達して、わが齢は八十となった。譬えば古ぼけた車が革紐の助けによってやっと動いて行くように、わたしの身体も革紐の助けによってもっているのだ。


まさに、人間である。

仏陀ではないし、仏でもない。

これならば、信頼が置ける。


つまり、もし、仏陀が、私は、晩年になろうが、青年のように、元気で、まだまだ、やれる、などと言えば、信用など出来ない。


アーナンダとは、漢訳で、阿難である。

彼は、従兄弟であり、愛弟子だと言われるが、これが曲者で、仏陀の最後の食べ物に、想念の毒を入れた。


仏陀に、説教されて、怒ったのである。

それが、豚肉の炒め物に、入った。


更に、仏陀の死後も、裏切り続けた。


実に、面白いのは、

アーナンダよ。修行者らはわたくしに何を待望するのであるか。わたくしは内外の区別なしによく法を説いた。完き人の教えには、何ものかを弟子に隠すような教師の握拳は存在しない。「わたくしは修行僧の仲間を導くであろう」とか、あるいは「修行僧のなかまはわたくしに頼っている」とこのように思う者こそ、修行僧のつどいに関して何事かを語るであろう。しかし向上につとめた人は、「わたくしは修行僧のなかまを導くであろう」とか、あるいは「修行僧のなかまはわれに頼っている」とか思うことがない。

と、言う。

つまり、弟子の否定である。


弟子を持たないと、言うのである。

我は、指導者ではないと、否定している。


臨終に際しても、真理の法と、我が身を頼め、と言った。


さまに、人間である。

完成に近い、人間の言葉である。


ちなみに、仏陀は、八十歳ではなく、七十九歳で死んだ。

それは、完成したものではなかったという、証拠である。


追々、それについては、書く。