日々の言い分566

文献だけを頼りにしていてはおよそ踏み入ることのできない、縄文土偶の謎、邪馬台国の真相、日本神話の真実といった「先史・古代史」から始まり、中世、近世、近現代まで…50年以上の研究、現地調査で解明された歴史的発見の中から、毎月テーマをひとつ選び、配信します。


絵や図版、写真やテロップなど、動画を見て直感的にわかる図解資料を豊富に使っているので、まるで、博物館で講義を受けているかのような臨場感を得られるでしょうし、今までの歴史研究では見落とされがちな着眼点から導かれた歴史の事実が繋ぎ合わさることで、通説とは全く異なる、新しい「歴史」の姿が浮き彫られていくことでしょう。


1, 文化遺産から歴史を紐解く新しい視点「形象学」

文献に頼った歴史は、必ずしも真実を言い当てているとは限りません。これまで何度も遺跡や文化作品の新発見によって、歴史の常識は覆されてきました。


例えば、青森県、三内丸山遺跡の発見によって、かつての常識は一変。住居、集落などの様子から、「縄文人は野蛮人。平等社会」というイメージは払拭され、階級社会が存在していたことを証明していました。他にも、群馬県の岩宿遺跡の発掘で、「旧石器時代には、日本列島に人類は住んでいなかった」とされていたそれまでの学説が覆されました。この発掘で、日本最古の人類の歴史が数千年前の縄文時代から一挙に数万年前まで遡り、戦後の日本考古学の重要な出発点の1つとなっています。


これらはほんの一例で、ほかにも、遺跡や史跡、文化的な造形物を通して、私たちが学んできた歴史が塗り替わるきっかけは山程あります。ですが、未だに多くの歴史学者は、「文字で書かれた文献史料」に固執して研究しているため、文化遺産や史跡を見ても「それが何を意味しているか?」ということの本質がわかりません。


その点、西洋美術史の第一人者である田中教授は、50年以上、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、フェルメールなど、数多くの西洋絵画や彫刻を研究…その過程で、作品の表情や手足の動き、モノの形や模様などから、芸術家のもつ思想や哲学、文化や宗教的背景までをも読み取る、形象学(フォルモロジー)という独特の学問手法を体得しました。その手法によって歴史を読み込むことで、人々の隠された思想・文化的な営みが、近年、少しずつ解明されてきました。


その研究対象は、言葉が無かった古代だけでなく、中世・近代にまで及びます…つまり、これまで重箱の隅を突くように文献資料だけを研究をしてきた他の学者では、決して見つけることの出来ないような、壮大な歴史の真実をこの講座では扱います。きっと、毎月のテーマに一つずつ触れていくことで、今まで見聞きしてきた歴史の知識に、想像もしていなかった真実が加わり、新たな歴史観が出来上がっていくことでしょう。


『NEW HISTORY』の3つの特徴


2, 幅広い学問分野を横断して、固定観念を覆す

「日本史研究における最大の”癌”は、研究範囲が細分化され過ぎて”総合力”に欠けることだ」と田中教授はいいます。「木を見て森を見ず」の言葉通り、日本の研究者は一つの専門分野に特化しているため、より深く極めることが得意は反面、視野が狭くなり、ものごとの本質や全体像を見落としがちです。


人類や人間の所産を研究対象とする人文学は、「専門に固執していては深まらない」と西洋の大学で徹底して教わってきた田中教授は、歴史学や考古学だけでなく、地理学、文化人類学、生物学、言語学、神話学、宗教学など、多様な学問領域の最新の知見を横断的に組み合わせながら、研究を進めています。


事実、これまでに教授は、考古学と神話学、地理学を結びつけて、「邪馬台国は存在しなかった」という新説、「日本神話は実際に実在した」という新発見など、それまでの“固定観念”を突き破るような発想で、学会を揺るがす研究を発表してきました。


様々な分野の知識を一つ一つ繋げて、私たちの想像を超えるような着眼点で壮大なストーリーを描いていく…そんな『NEW HISTORY』で語られる田中教授の研究講義を聞けば、まるでミステリー小説の謎を解くように、今まで考えてもみなかった”閃き”を感じながら、歴史の真実に迫っていく面白さを感じてもらえることでしょう。


3, 西洋文化の権威が語る、日本文化の素晴らしさ

「日本には、全く評価されていない世界最高水準の美術品がたくさんある。例えば、日本の仏像には、イタリアの巨匠:ドナテルロやミケランジェロの作品などと匹敵する一級作品がある。でも、残念なことに、多くの日本の研究者は、それに気付いていない。それどころか、イタリアなど目の肥えた研究者の方が、その良さを分かっている…」


なぜ多くの日本の研究者は気付け無いのか?それは、日本を活動拠点としていて、文献資料頼みのことが多いことに加えて、海外経験が少なく、西洋を始めとした一流美術品に触れ、見抜く目を養う機会があまりないからです。そのため、微細な違いに気付く着眼点が持てず、高い基準で美術品を比較検証することができません。


その点、田中教授は、24歳でイタリア、フランス、ドイツに留学後、西洋最高峰の美術品を研究。実際に、国家プロジェクトとして大聖堂の修復作業などに関わるなど、知識だけでなく、体験としても優れた美術品を見抜く力を養い、その鋭い視点から描かれた論文で、国際的な評価を多数受けてきました。


ですが、とあるきっかけで、日本美術の素晴らしさに魅了され、研究対象を西洋から日本に大きく変更。

西洋美術史を突き詰めたからこそ見えてきた、日本美術・文化の素晴らしさに気付いたと言います。

この極みから美術品を比較して語れる研究者は、今の日本にはほぼいないと言っても過言ではないでしょう。


上記の書き込みを読んで・・・


情けないことに、日本は、そのようである。

どうしても、西洋の方が、良いと思う。


その根性が抜けきれない。


だから、世界最古の文明は、日本の縄文文明と聞いても、ピンとこない。


日本には、大したものがないと、信じている。


例えば、簡単に言う。

世界最古の民衆詞華集、万葉集、そして、世界最初の小説、源氏物語、と聞いても、ピンとこない。


それのみか、それらを、知らないと言う、悲劇である。

何も、学者並みに、知る必要はない。


ただ、その存在に対して、畏敬の思いを抱くだけでいい。

だが、それも、出来ないでいる。


本当に、アホかもしれないし、馬鹿かもしれない・・・

日本人は・・・