日々の言い分568

1960年代…東南アジアでは、アメリカとベトナムが激しい戦争を繰り広げていた。最新鋭の武器を次々と投入するも、粘り強いベトナム兵はなかなか降伏しない。

日に日に悪くなる戦況…アメリカ軍はかつてないほど苦戦を強いられていた…そんな折、運悪く隣のラオスでも内戦が勃発。

反政府軍がラオス王国政府に対して反旗を翻す。両軍の激しい戦闘によって命を落とした民間人、住処を追われた難民たちが街に溢れていた…

人道支援のための戦争

しかし、どの国もベトナムでの激しい戦争にかかりっきりで、ラオスに目を向ける余裕はなかった。罪のない民は、このままじっと死を待つしか道はないのか…こんな状態のラオスをほとんどの国が見捨てる中、、驚いたことに、ベトナム戦争で最も深手を負っているアメリカが立ち上がった…

なんとアメリカは、ラオス内戦で発生した難民に食料や医薬品を届け、軍隊を送り、平和を取り戻すための”人道支援”を行うと宣言したのだ。自らが苦しい時でも犠牲を払い、果敢に手を差し伸べる。それでこそ世界のリーダーだ。当時、多くの人はこのような尊敬の気持ちをアメリカに抱いた…

ラオス内戦介入の本当の狙い...

しかし、、それから50年以上の月日が経った2016年9月。驚くべきことが明らかになる…オバマ元大統領がラオスを訪問し、そのスピーチで、、「当時の米軍の爆撃が、多くの村や山間の渓谷を丸ごと破壊し、無数の民間人を殺害した。この国との歴史を思えば、米国はラオスの回復を助ける道義的責任があると思う。」と、、謝罪を行なったのだ。

「人道支援」を行うためにラオス内戦に介入したはずのアメリカ…いったい当時、その裏で何が行われていたのか?最近になってようやく明るみに出た数々の事実を紐解くと、、人道支援などとは程遠い、アメリカの嘘と殺戮にまみれた黒い歴史。ラオス内戦介入の本当の狙いが見えてきたのです…

それにしても、
なぜこんなに多くの爆弾を落としたのか?


それは、、このラオスの秘密戦争特有の事情からでした…例えば、爆撃機が出撃しても、敵が見つからなければ当然攻撃はできないので、その時は基地に戻るしかありませんよね?

しかし、こんな山の中に突貫で作っただけの空港ですから、爆弾を積んだままの状態では機体が重過ぎて、安全に着陸ができないのです…

そこで、パイロットたちは毎回”仕方なく”山中の適当なところで爆弾を落としてから基地に帰っていたそうです。その気まぐれな爆撃によって、約5万人が負傷。女性・子供など多数の民間人の命が奪われました…

さらにひどいことに、、この時に最新の兵器の実験が
てら使われたのが、「対人クラスター爆弾」です…

爆発すると無数の子爆弾を大量に撒き散らすため被害が大きく、その不発率は約3割。そのため、なんとラオスには7,800万発もの不発弾が今も埋まっていて、全て撤去するのにあと”1,000年”はかかるだろう。と言われています…


蛍光塗料が塗ってあり、見た目がおもちゃに似ているため、無邪気な子供達が被害に遭うケースが絶えないのですが、、

ラオスをアメリカの傀儡として支配することを目論んだアメリカは、戦争が終わった後も長きに渡り傷跡を残し、簡単には自立させないようにと、徹底的な破壊を行なったのです…

そして、、アメリカのさらなる狙いは、当時ラオスにあった「黄金の三角地帯」と呼ばれるヘロインの生産地だったと言われています…1つ数百万〜数千万円もする爆弾をポンポン投下する「戦争」には、当然、莫大なカネがかかりますが、、徹底的な”秘密戦争”という建前上、このラオス内戦に国民の税金をつぎ込むわけにはいきません。

そこで、このラオス内戦の激しい爆撃の裏では、CIAが作った航空会社「エア・アメリカ」の航空機・ヘリコプターが何度も国内外を往復。食料や武器を運んだ帰りに”麻薬”をせっせと運び出していた…そんな事実が確認されています。

後にベトナム戦争で敗北したアメリカは、結局ラオスの支配も諦めて撤退することになりました… しかし、アメリカがこの内戦で得た収穫はとても大きなものでした。なぜなら、利権確保を目的として各国の政府を転覆させる”秘密戦争”のノウハウを確立したからです…

この成功に味をしめたアメリカは、50年以上たった今でもほとんど同じパターンを活用。イラク、アフガニスタン、リビア、ソマリア、シリア、ミャンマーなど、、表向きは「人道支援」と称して、裏では資源・利権の確保を目的とした非道な秘密戦争を、今もなお世界中で繰り広げているのです…


上記の書き込みを読んで・・・

日本人は、そのような事実を知らない。

そして、知る必要が無いと、思っている。

だから、お花畑の思考だと、言われる。

世界は、性悪説で動いている。

日本と、日本人は、性善説である。

これは、如何ともしがたい。

兎に角、知る努力をすることだ。

私は、毎日、新しい情報を得ることを、心掛けている。

何故か・・・

生きているからである。

生きとは、知ることである。

知らないという事は、死んでいるということである。