もののあわれについて828

むかし大将の君の御母君うせ給へりし時の暁を思ひ出づるにも、かれはなほ物の覚えけるにや、月の顔の明らかに覚えしを、こよひはただ昏れ惑ひ給へり。十四日にうせ給ひて、これは十五日の暁なりけり。日はいとはなやかにさしあがりて、野べの露も隠れたるくまなくて、世の中思し続くるに、いとどいとはしきいみじければ、おくるとても幾世かは経べきかかる悲しさの紛れに、昔よりの御本意もとげまほしく思せど、心弱き跡のそしり…

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もののあわれについて827

年ごろ何やかやと、おほけなき心はなかりしかど、「いかならむ世に、ありしばかりも見奉らむ。ほのかにも御声をだに聞かぬこと」など、心にも離れず思ひ渡りつるものを、声はつひに聞かせ給はずなりぬるにこそはあめれ、むなしき御からにても、今はひとたび見奉らむの心ざしかなふべき折は、ただ今よりほかにいかでかあらむ、と思ふに、つつしみもあへず泣かれて、女房のある限り騒ぎ惑ふを、「あなかま。しばし」と、しづめ顔に…

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もののあわれについて827

年ごろ何やかやと、おほけなき心はなかりしかど、「いかならむ世に、ありしばかりも見奉らむ。ほのかにも御声をだに聞かぬこと」など、心にも離れず思ひ渡りつるものを、声はつひに聞かせ給はずなりぬるにこそはあめれ、むなしき御からにても、今はひとたび見奉らむの心ざしかなふべき折は、ただ今よりほかにいかでかあらむ、と思ふに、つつしみもあへず泣かれて、女房のある限り騒ぎ惑ふを、「あなかま。しばし」と、しづめ顔に…

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