生きるに意味などない26

次に自己拡大衝動に関して言えば、この衝動は、その成立の時間的順序からすれば、自己放棄衝動よりあとであるが、だからといって自己放棄衝動より現実的で、より「成長した」衝動であるというわけではない(限定された範囲内にせよ、自己においてかつての全知全能性を実現しようとするわけだから、ある意味において退行現象であり、より「原始的な」衝動であるとも言える)。 自己拡大衝動は、さきに述べたように、恐怖と屈辱…

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生きるに意味などない25

自己放棄衝動・没我も、自己拡大衝動・我執も、本能ではない。 たしかに非現実的衝動であるが(それに反して、本能はつねに現実的である)、非現実的衝動であるからと言っても、個人が成長して現実を知るようになればそのうち克服できるというものではない。 岸田 もしこの衝動が克服できるとしても、この衝動を克服してしまえば、悲惨なことになる。というのは、愛、信頼、尊敬など、人間関係におけるポジティ…

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生きるに意味などない24

「全能の母親」が、実は幻想だった。 自己放棄と依存の企ては、不可避的に挫折する。 挫折した自己放棄は、自己喪失の恐怖を呼び起し、挫折した依存は、怒りと屈辱感をしただけで、終わる。 この自己喪失の恐怖、怒り、屈辱感をバネとして、個人は、それまで全知全能性を他者「母親」に付与し、全知全能の他者に合体し、あるいは依存しようとしていたのをやめ、自己放棄と依存の衝動を抑圧し、全知全能性を自己…

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