生きるに意味などない65 2017年03月07日 幻想我と同一視し、それを投影する対象は、別に人間である必要はない。むしろ、なま身の人間でない方が、失敗の危険が少ないし、相手にも迷惑をかけないですむ。 岸田 これが、最も、大切なところである。 これこそ、人間が生きるという、基本である。 幻想我を、生身の人間ではないものと、同一視させる。 だから、生きられる。 現実も、幻想なのであるから、当然、幻想の我を、同一視するのは、…続きを読む
生きるに意味などない64 2017年03月06日 ナルチシズムは、自己と対象との区別が成立する以前に形成されたものであるから、自己と対象の混同をその本質的条件の一つとして含んでいる。 幻想我は容易に他者と混同される。この条件を利用して、幻想我と現実我の葛藤を解決する方法もある。 対象を幻想我と同一視し、対象にナルチシズムを投影するのである。 岸田 改行は私 心理学的な表現である。 そして、この説明に、恋愛を使うと、実によく解るので…続きを読む
生きるに意味などない63 2017年03月05日 われわれは日常生活のあらゆる場面で、幻想我と現実我の葛藤を経験し、その調整に苦慮し、あれこれ迷い、ときには一方を、ときには他方を優先させ、絶えず揺れ動いている。 岸田 確かに、そのように、見える。 名を捨てて実を取ったとき、恥を忍んで嫌な上司に頭をさげたとき、降伏して命乞いをしたとき、われわれは現実我を選んだのであり、そのとき、なおざりにされた幻想我は、耐え難い屈辱感となって心に傷…続きを読む