国を愛して何が悪い190

仏教伝来は新しい文明と技術の伝来を意味したから、古代の僧たちは、経典を伝えるだけではなく、造船、架橋、農事改革、薬の施行から、様々な生産技術の伝達あるいはその実行者であった。造型面にも大きな影響を与えた。・・・ すべて国家あるいは大貴族家の保護のもとに可能なわけだが、国家仏教と貴族仏教から離脱した法然以後、鎌倉新仏教にはこうした面は全くみられない。 亀井 確かに、そのようである。 が…

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国を愛して何が悪い189

法然が、専修念仏に帰したのは、安元元年、1175年、43歳の時である。 13歳で、比叡山に入ってから、実に、30年間が過ぎている。 そこでは、あらゆる経典を読み、自力の限りを尽くして、雑修を積み重ねてきた。 学問においても、当時、比叡山では、第一の秀才だった。 そういう彼に自己否定を迫ったものは何か。今昔物語にも示されたような破戒と挫折を、彼はくりかえし周囲にみてきたであろうし、…

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国を愛して何が悪い188

西行の歌は反省的であり、自己へ呼び掛けるようなものが多いのは事実だが、しかし彼ほど好奇心の強かった人はない。周囲に吹きすさんでいた内乱の嵐に無関心であったはずはない。激しい武士的な死と、僧の荒行による死と、京の強盗殺人の横行と、併せて落葉のように流転してゆく女房の哀音と、こういう状況にかこまれていた彼の心は穏やかであったろうか。 亀井 「世の中に武者起こりて、東西南北、いくさならぬ所無し…

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