生きるに意味などない120

日本に西洋のような体系的な哲学や思想が生まれなかったひとつの理由は、日本では「ものを考えること」が、世界の認識へ向かうのではなく、多くの場合、人が生きる上でのある境地を目指すものだったからです。仏教の教えや禅もそうであり、かなり学問的な儒学にもその傾向があり、俳句や和歌もその方向を向きました。 佐伯啓思 それは、風土により、決定的だった。 人が生きる境地・・・である。 世界の認識…

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生きるに意味などない119

西田のこの言葉は、無条件にグローバルで普遍的な価値や理念を追い求め、それをよしとする今日のわれわれの「脱日常化」にとってはあまりに耳の痛いことではないでしょうか。 しかし、私は、まだ、日常の一瞬に「永遠の無」を見ようとするわれわれの感受性がすっかり消えてしまったとは思えません。なぜなら、われわれは、この過度なグローバリズムや経済競争や成長至上主義やモノの浪費に対して、とまどい、ほとんど嫌気がさ…

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生きるに意味などない118

昨日は今日のためにあり、今日は明日のためにあり、昨日のモノは捨てて、今日また作り、それをまた捨てて明日また作り、こうしてモノを雪だるま式に大きくしてゆき、GDPを年々膨らませてゆく、ということがわれわれの感覚にあっているのでしょうか。 佐伯 延々と、作り続け、そして、捨て続ける。 更に、年々、豊かになった・・・ 誰の、策略か・・・ マスコミ、識者、経済学者、評論家に騙されている…

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