生きるに意味などない119

西田のこの言葉は、無条件にグローバルで普遍的な価値や理念を追い求め、それをよしとする今日のわれわれの「脱日常化」にとってはあまりに耳の痛いことではないでしょうか。 しかし、私は、まだ、日常の一瞬に「永遠の無」を見ようとするわれわれの感受性がすっかり消えてしまったとは思えません。なぜなら、われわれは、この過度なグローバリズムや経済競争や成長至上主義やモノの浪費に対して、とまどい、ほとんど嫌気がさ…

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生きるに意味などない118

昨日は今日のためにあり、今日は明日のためにあり、昨日のモノは捨てて、今日また作り、それをまた捨てて明日また作り、こうしてモノを雪だるま式に大きくしてゆき、GDPを年々膨らませてゆく、ということがわれわれの感覚にあっているのでしょうか。 佐伯 延々と、作り続け、そして、捨て続ける。 更に、年々、豊かになった・・・ 誰の、策略か・・・ マスコミ、識者、経済学者、評論家に騙されている…

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生きるに意味などない117

かくて「時」は疾走し、常なるものはなく、すべては無へと消えてゆく。しかしそれはまた、すべて新しく生み出される、ということである。あらゆる瞬間に、あらゆるものが、今ここで生み出されたように新鮮で、生き生きとした意味を帯びてくるはずなのです。時は「無常」であるがゆえに常に「刷新」なのです。だからそのなかで行動する者には、「あきらめ」と「覚悟」が要求されたのでした。 佐伯 あきらめ、諦め、と、…

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