神仏は妄想である532

いまブッダの涅槃の問題にふれて、ブッダの最後の遺言を弟子や信者たちが裏切ったということをのべた。しかしよく考えてみると、ブッダの教えを仏教徒が裏切ったということは、たんにはるか昔のことではなかった。見方によっては仏教の歴史そのものが、ブッダの思想を裏切る歴史であったともいえないこともないからである。そういう意味では仏教における裏切りという問題は、ブッダ時代のことだけではなく、まさに現下の問題でも…

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神仏は妄想である531

見張り番にとって、夜はあまりに長く疲れた旅人にとって、行く道はあまりに遠い真理の道を外れた愚者にとって幾代にも、生まれて生まれて彷徨う道はあまりに果てしない 旅をするなら決して愚者を道づれとしてはならない賢者に出あうことなくともに歩む友なければただ一人で旅をつづけなさい 「おおわが子よ、おおわが宝よ」愚者はそう言って苦悩を抱く しかし子たちを、財産を、どのようにして吾がものにできようか自分…

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神仏は妄想である530

目覚めていることは、いのちの道を歩むこと愚か者は死んだように眠るしかし「己を統べる者」(マスター)は目覚めて永遠のいのちを生きる 怠りなく己を見張り曇りなき意識をもつ 目覚めていることがいのちの道だと知ることそれは何という幸せ覚者の道を歩むことそれは何という幸せ マスターはどんな困難なときもたゆまず瞑想に励み自由と喜びを求める さあ、目を覚まし、心の内側に向かい、己を見張りなさい注意を怠…

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