国を愛して何が悪い218 2019年01月28日 たとえば道元の「行」を念頭におくならば、兼好の態度は「にせ悟り」ということになるであろう。信仰は焦眉の急務であり、「大事」であることを知りながら、社交にうつつをぬかし、色好みの世界を語るとは何事か、ということになるであろう。亀井 また、法然、親鸞の立場からは、煩悩から離れえないのであれば、凡夫の自覚を持って、弥陀の本願を仰がないのかとの、問いがあるだろう。 徒然草とは、異様に疑わしい書物とい…続きを読む
国を愛して何が悪い217 2019年01月27日 ここで、兼好の徒然草に対して、真っ向から、非難を浴びせた人物がいることを、亀井は、言う。 徒然草が成立してから、460年以上も過ぎた、江戸時代の本居宣長である。 「神ながら」の道の純化において、兼好の思想がどのようにみえたかを知る上に興味深いことである。亀井 兼好法師の詞のあげつらひ「玉勝間」より・・・花はさかりをのどかに見まほしく、月はくまなからむことをおもふ心のせちなるからこそ、さもえ…続きを読む
国を愛して何が悪い216 2019年01月26日 定家のめざした美意識、たとえば「余情妖艶」に比べると、同じ王朝の夕映えに生きたと言っても、ここにはすでに夕闇の迫った薄明状態におけるような「みやび」が感じられる。亀井 つまり、兼好の、物の捉え方である。 兼好は、自然のみならず、人間の存在そのものを、有るか無きか、という陰翳において、見ようとしていたらしい。 それは、あからさまに、存在するもの、その満開状態を、醜い、と見た様子である。 「…続きを読む