国を愛して何が悪い203

さて、鎌倉時代の、仏教、それを、鎌倉仏教と、人は呼ぶ。 その一人、親鸞である。 親鸞が出家して、比叡山に入ったのは、養和元年、1181年、九歳の時。平家が、壇の浦に滅亡した時は、13歳、衣川合戦で藤原三代が滅亡した時は、17歳、鎌倉幕府が成立し、頼朝時代を経て、実朝の暗殺された時は、47歳、承久の変の時は、49歳である。 つまり、親鸞も、時代を生きたのである。その中での、仏教改革。それは、…

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国を愛して何が悪い202

兄の、頼家が殺され、実朝が将軍になったのは、12歳である。そして、28歳、頼家の遺児、公暁に暗殺される。 その間、実朝は、政治の実権を握ることなく、また武将としての活動もない。その業績として残るのは、金塊和歌集、ただ一巻である。 この和歌集は、実に、遠い時代、万葉の精神を継ぐと言われる。 自分の周囲に渦巻く陰謀や暗殺をどのように見ていたのか。それに対して身を守るとか対抗しようといった策動は…

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国を愛して何が悪い201

さて、平家物語について、書いてきた。そして、その物語は、後の日本人の精神に、大きな影響を与えた。 平家の場合は一族が滅びたと言っても、彼らは壇の浦の最後の日まで団結し、勇敢に抗戦した。どたん場になって肉親が離反したり殺し合うようなことはなかった。亀井勝一郎 ところが、源氏一門の興亡を見ると、実に陰惨である。保元の乱で、父の為義を処刑せざるをえなかった頼朝から、鎌倉幕府になり、矢張り、一族の陰…

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