国を愛して何が悪い208

内大臣久我通親を父とし、摂政藤原基房の息女を母として高貴の家に生まれ、やがて家も傾き孤児となった道元にとって、無常観とともに、こうしたかたちでの自己否定は必然であったと思われる。「隋聞記」のなかから「学道の人」の心得として弟子に示した言葉を、次に十か条私は選んでみた。亀井 現代文は私 一 衣食に労するなかれ。二 後日を待って行道せんと思う事なかれ。ただ今日今時を過ごさずして、日々時々を勤むべき…

続きを読む

国を愛して何が悪い207

鎌倉仏教という、前代未聞の精神世界の中で、道元は、実に厳しい、戒律を作り、その中でしか、得られないという、仏法を掲げた。 戒律・・・いかに生きるかという問いに対する、これが道元の答えである。つまり生きるとは戒律に生きることだ。日常坐臥のすべてがそうであらねばならず、それはまた全生活の徹底的な清潔化である。煩悩具足の凡夫のもつ無拘束性などは、絶対にゆるされないのだ。亀井 現代文は私 極めて具体…

続きを読む

国を愛して何が悪い206

法然の信仰、つまり、念仏行というものに、最も激しい非難を加えたのが、高山寺の、明恵である。 それは、菩薩行である、行と、戒律を無視し、念仏易行以外の教えを悪道として、斥けた態度を許さなかった。 明恵は、念仏を否定するものではない。 根本的に言うなら、「破壊無戒の人」を容認し、ただ念仏するところに生ずる無拘束性に我慢ならなかったのである。念仏の心そのものは尊いが、そこに厳格な「形」と「掟」の…

続きを読む