生きるに意味などない152

さて、佐伯氏の、論説も、そろそろ終わる。何故、佐伯氏の、論説を引用するのか・・・ ただ、権威のためである。現在の論者が言うことから、それを批判して、更には、非難して、私は、書く。 何度も言われてきたことを、繰り返すという、愚行を何というか。 結局、宗教思想の中から、何とか、救いのある、安心に至る道を探そうとする。私は、もう、懲り懲りである。 「法句経」に「生はかならず死に終わる」という言…

続きを読む

生きるに意味などない151

仏教の思想を解説する人たちは、実に多い。 専門家だけではなく、僧侶、そして、作家、論者等々・・・ その結果は、この世に、確かなもの、不変なものは、何一つないという、思想になる。そこで、現世に対する、執着を捨てて、この世の生を超越することである。 生とは、たまたまの因縁が引き起こした偶然の連続だと知れば、生も死も幻と知ることができる。死の恐怖や死の苦痛にも囚われることはない。こうして、死を克…

続きを読む

生きるに意味などない150

死の自覚的な意識とは、この日常的な世俗世界に限界を画することです。・・・死は極めて個人的な出来事であると同時に、その個人などというものを超えてしまう。個人を組み立てている人格性や個性や多様性や差異性など、すべてが普遍的な「死」によって消し去られる。それは確かに恐るべき「絶対的にもの」なのです。佐伯 夏目漱石も、言う。ふざけたる者も、襟を正すのが死である、と。 生きるに意味などない、であるなら…

続きを読む