生きるに意味などない140

日本人が現世的価値をあまり重要視しないで、しかも「人間の問い」を問いつづけていると言うとき、わたしはとくに日本の中世の仏教や、和歌や能楽や、茶道や、近世の俳諧、随筆などを念頭におき、それを創り支えた西行・長明・親鸞・道元・兼好・世阿弥・芭蕉・良寛などといった先達を思い浮かべ、そしてさらに、右のような芸術や宗教に、また人物に、無限の愛を捧げる日本の民衆のこころの構造を考える。磯部忠正 私も、同感…

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生きるに意味などない139

日本人にとって、こころを語ることは自然を語ることである。花に託してとか、月にことよせてとかいうことさえ不適当である。花や月を詠むことによってしか、ほんとうに己のこころを語ることができないというところまで「心深く、姿よげに」思いをひそめ、ことばを浄化していかなければならないのであろう。 ここでもわれわれは、日本人が自然に生きているということを実感するのである。自然をうたうのではなくて、己をうたう…

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生きるに意味などない138

日本人は、自然から生まれ、自然に生き、自然に還るという、民族である。 それは、すなわち、日本人にとって、本来の自然とは、対象として認識したり、分析したり、元素に還元して、人工で再構成するとか、人間と対立するもの、人間を取り囲むもの、脅かすものではないのである。 ところが、近世以後、フランシス・ベーコン、デカルトなどの人間によって征服されるべきもの、利用されるものと規定された、自然なとが、日本…

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