国を愛して何が悪い239

さて、北山の金閣寺、東山の銀閣寺時代に渡り、将軍を取り巻いていた、同朋衆たちの、目利きが、中国伝来の文物を巡り、どのような鑑賞眼を発揮したかを、考えると面白い。 大工、庭師、陶工たち、造型や茶の湯について、どんなことを語ったのか。 その彼らの大部分は、卑賎の身分である。つまり、民衆であると言える。 亀井も、そこは、室町精神史の最も大切な面として注目したいのである。と、言う。 能に関する秘…

続きを読む

国を愛して何が悪い238

能楽を大成したのはたしかに彼に違いないが、すでに述べたように、作品は民衆の「忘れ得ぬ思い出」に深くむすびついていたし、直接的には、当時の田楽申楽の先駆者たちの芸の摂取と継承の上に成立したものである。亀井 当然、その時代を作るものは、それ以前の時代に負う。その中で、その一筋に秀でた者が、大成する。何事も、そうである。 だから、簡単に言えば、芸人として、世阿弥より、優れた人がいた可能性が高い。た…

続きを読む

国を愛して何が悪い237

芸能人として、観客の心を魅するものは何か。彼らはそれを絶えず求めた。「珍しき」と「面白き」と、この二つだということを知り抜いていたし、どんな時代でも観客の心をひく、これは原則だと言ってよかろう。亀井 果たして、現代の芸能人は、その芸というものを、どう考えているのだろうか。芸能論を語るほどの、芸人がいるのか・・・ また、現代の芸能人には、芸、というものが、あるのか・・・私には、解らない。 ま…

続きを読む