死ぬ義務40

さて、それでは、尊厳死に関しての、問題を上げる。 尊厳死の思想には、自我意識を伴う、精神的、人格的活動を重視する。極端に言うと、それ以外の、生存を無意味と判定する。 そこで、それでは、その判定が十分な根拠を持つか、ということだ。 ある存在について、端的に、全体的かつ決定的な、否定の価値判断は、下されないということ。 ある存在について、それが実在していること、つまり、存在界における、それの…

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死ぬ義務39

さて、尊厳死の思想は、ある種、レイシストのような考え方に似ていると思われるが、そうではない。 じっくりと、考え直してみるべき。ナチスのホロコーストではない。 非人格的生命としての生存は、無意味である。人間としての死、というものを、考えることだ。 その前に、非人格的生命を、このようにしてまで、生きることに意味があるのか、と考える。 生命は、人格的生命であり、それだからこそ、はじめて保持の努…

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死ぬ義務38

さて、人間であるという、定義を書いたが・・・ その人間観の、変種として、人格存在を、身体の自由をも含むものとして、捉える見方がある。 例え、意志、理性が健全で、精神活動は出来ても、身体的に非常に重い欠陥を持ち、重度の障害があり、身体的自由がなく、外的動作が出来ない場合、人格存在として、意味ある活動は出来ない。 従って、それは、真の人格存在とは言えない。単に、精神的機能や活動の、あるなしでは…

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