死ぬ義務25

安楽死において人は、ある生存を思弁的に無意味と判断するだけでない。何らかの形で、この生命の死とつながる人為的な関与を現実に対して意識的に行う。こうして人は、自己の意図に従った現実をつくりあげようとするのである。近代の理性は何よりも科学技術的な理性である。意志は現実をありのままに受け入れようとせず、世界を自分の思う通りにつくり上げようとする。すべてのことが自分の意志と努力で解決できると考えているの…

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死ぬ義務24

安楽死を、倫理学から捉える試み。 それは、生存の無意味性についての判断が、正しいか否かだけではなく、そもそも、人間はこのような判断をしてよいのかということを、問うことでもある。 これらは、西洋の哲学、思想による、考え方のものである。だから、大いに、語る。 人が何を無意味な生存として拒否しようとしているのかという観点から、安楽死を類型化すると、19世紀末以来一般に論じられてきた、また現在も論…

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死ぬ義務23

現在、一般に「安楽死」という語のもとに理解されているのは、合理主義的な発想に支えられた、他者の生命を意識的に死の方向にコントロールしようとする行為のことである。合理主義的な「死の管理」の行為である。宮川 つまり、安楽死という言葉についても、広い意味があり、その定義を巡って、様々な意見があるということだ。 それを少し俯瞰すると、19世紀末から20世紀初頭にかけて、「不治の耐え難い苦痛にあえいで…

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